とうとう米澤穂信の青春ミステリに、手を出してしまった。
真冬に向かうこの時期に、まさかの甘ったるそうな『春季限定いちごタルト事件』。
『黒牢城』で直木賞を受賞した著者の出発点とも謳われる〈小市民〉シリーズ1冊目だ。
語りは、高校1年の小鳩君こと小鳩常悟朗。相棒は、同級生の、小学生料金でバスに乗れるほど小さな小山内さんこと小山内ゆき。
ふたりは中学のときに何があったのやら、恋愛関係にも依存関係にもないが、互恵関係にある。
きょうも二人は手に手を取って清く慎ましい小市民を目指す。
彼らは、どうやら謎解きが得意らしい。そして名探偵面してしまったがために、ひどく傷つくことになった過去を持つらしい。なので約束を交わしたらしい。ふたり協力し合い、謎になんぞ振り回されず、清く慎ましい小市民を目指そうと。だが謎は、ふたりのもとへのべつ幕なしやってくる。果たして彼らは、小市民で在り続けることができるのか。
教室で女子のポシェットが消えた。「羊の着ぐるみ」
美術室に残されたまるでコピーのような2枚の絵には、いったいどんな意味があるのか。「for your eyes only」
小鳩君の小学校の同級生、堂島健吾は、謎解きが得意な彼の過去を知っている。そして、中学の3年に何があったのかを知りたがっている。「おいしいココアの作り方」
「お前の口から『そうだね』とか『その通りだ』とか出てくるのを聞くと、苛立つんだよ。本当にそうだなんて、思ってもいないくせに。『拝』の一言で良しとしたことのなかった男が」
健吾はどうやって、シンクを濡らさずにクオリティの高いココアを作ることができたのか。
初めての中間テストが終わった。甘いものに目がない小山内さんから、二度と行かないと固く誓ったはずのケーキ屋に一緒に行ってくれと誘われる。「はらふくるるわざ」
とうとう、「春季限定いちごタルト事件」が起こる。小山内さんの甘いもの好きは「目がない」という表現では追いつかない。小市民を目指すべくがまんにがまんを重ねている彼女の拠り所であり、唯一の愉しみである。今しか食べられない「春季限定いちごタルト」がこともあろうに自転車ごと盗まれた。「狐狼の心」
「お前の言う小山内っていうのは、あの小山内だろう?」
ちっちゃくて引っ込み思案が人の形をとったような小山内さんが犯人相手になにができるのかと訝しむ健吾に、協力を仰ぐためしかたなく小鳩君は話す。
「ぼくが狐だったとたとえるなら、あれは昔、狼だったんだ」
小鳩くんと健吾は、犯人一味と小山内さんが対峙しているであろう場所へと急ぐのだが。
新しい環境に身を置いたとき、これまでの自分を捨ててやり直したい、変わりたい、変わろうと思う気持ちはよくわかる。
15歳の彼らはもちろん、彼らの4倍ほど長く生きてきたわたしでも。
忘れようと思っても忘れられない過去は、誰しも持っているのだ。
謎解きも愉しい連作短編集だが、小市民たるは何かを追求する彼らの胸のうちがまた興味深く、いや、次も読んじゃうなあ、こりゃ。
可愛いだけじゃない独特な魅力を感じさせるイラストは、片山若子。
続きは『夏季限定トロピカルパフェ事件』です。楽しみ~♩
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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