子ども達が幼い頃に暮らした川崎の街は、小さな子どもを持つ家庭が多かった。
公園に子どもたちを連れていくと、母親同士他愛のない会話が交わされる。
「今朝、洗濯干してなかったから、調子悪いのかと思った」
「寝坊しただけー。あせった、あせった」
たがいの家の物干しにはためく洗濯物が、一つの”しるし”になっていたことを思い出す。我が家も子どもたちがいた頃には、毎日洗濯をした。川崎にいた頃は、日に2回、朝も夜も洗濯していた。
夏休みなどに帰省したり旅行に行ったりすると、それがなくなる。
「ああ、田舎帰ってたんだ?」
「帰省ラッシュ、しんどかったあ」
一目瞭然。みな在、不在が明らかだった。
考えると不思議だ。汗をかき、汚れた衣類を洗って干す。それを在、不在の目印にする。何とも人間らしいではないか。
ニュースで、ネット販売の荷物が多くなり過ぎて宅配業者の人手が足りないと聞いた。不安を覚える。流通も通信も発達した今、猛スピードで進化していく世のなかに、人間が追いつけないんじゃないかという不安だ。どんどん進んでいくものと、人間の根本である部分とにズレが生じてきている。
そこに意識がいっていたからか、ああ、毎日汗をかいて洗濯して生きているんだなあと、そんな当たり前のことを不可思議なことのように感じてしまった。洗濯物で在、不在を確かめる風景も、乾燥機の普及や空気の汚れや花粉なんかで、なくなっていくのかも知れないけれど。
我が家では冬のあいだ、洗濯物は吹き抜けの2階、薪ストーブの上に室内干しにしている。住宅も密集していない田舎なので、誰も洗濯物に気を留めることはない。留守だった? と聞かれるのは、道路沿いに停めた車があるか否かだ。道ですれ違っても、あの車は誰々だ、とわかったりもする。車社会の田舎では、ごく自然なことなのだろう。
はてもさても、これからどんな世のなかになっていくのだろう。それでも最後まで、人間は人間なんだよな。
久しぶりに洗濯した、サッカーJ1ヴァンフォーレ甲府の応援用タオルマフラー。真ん中のが今年新調したものです。スポーツは人間の根本での戦いですね。
ホーム初戦、旗を配っていました。みんなで旗を振って応援したけれど残念ながら鹿島アントラーズに敗退。富士山マーク入りの旗だったのになあ。
マスコットキャラクターのヴァンくんとフォーレちゃん。フォーレちゃんはホーム初戦だからかはりきってエクステつけてました。
夫の車には、ステッカーが貼ってあります。今期はまだまだ始まったばかり。『はりねずみが眠るとき』は、ヴァンフォーレ甲府を応援しています!
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。
管理人が承認するまで画面には反映されません。