山本文緒の短編集『絶対泣かない』(角川文庫)は、何度も読み返した大好きな小説だ。
裏表紙の紹介文には「15の職業のなかで、自立と夢を追い求める女たちの人知れぬ戦いを描いた」とある。しかし個人的にはお仕事小説とは括りたくはない。女性というものの心の底を、これでもかというほどに掘り起こし描いているのが、山本文緒の短編だからだ。ひりひり痛いどころではなく、鋭利な刃物が胸に突き刺さる。これは、わたしだ。泣き叫んでいるのは、大声で罵っているのは、馬鹿だと知りつつ騙されているのは。そう思える小説も多い。
フラワーデザイナー、体育教師、漫画家、専業主婦、看護婦、銀行員、秘書、水泳インストラクター。15の短編のなかでいちばん魅かれたのはデパート店員を描いた『今年初めての半袖』だ。
ネタバレになってしまうがストーリーをかこうと思う。
主人公の〈私〉は、失恋し退職。ほんとうなら死にたかった。デパートに就職したのは、誕生日もクリスマスも年末年始も忙しく働いていられるからだ。
からだはきつかったけれど、精神的にはよかった。私の頭の中は、売り上げを伸ばすと、アルバイトの教育をすること、皆が気持ちよく働けること、お客様のニーズに応えること、そんなことでいっぱいだった。それでも時折、恋人だった彼の顔が、何の前触れもなく頭の中にぽかっと浮かぶ時があった。
職場では、どう思われてもかまわなかった。アルバイトは、年上だろうがミスをすれば叱りつけた。そして、3度目を迎えた御中元の季節。別れた彼が売り場に現れた。やり直さないかという彼に〈私〉はとっさに噓をつく。その場にいた、アルバイトの小暮君と結婚するのだと。
ぺこんと大きく頭を下げると、バイト君は逃げるようにして私の前から去って行く。私がぽかんとしていると、後ろで伝票整理をしていたパートのおばさんが、ものすごい勢いで笑いだした。
「な、何、笑ってるんですか?」
「お、おっかしいわねえ。若い人はまったく」
ひーひー言っておばさんは笑う。私は理由も分からず笑われて少々傷ついた。
「小暮君、あんたのことが好きなのよ」
「え、えええ?」
心底驚いて、私は言った。
「変なこと言わないで下さいよ。私、皆からおっかねえ女って言われてるの知ってるんですから」
「おっかないけど、頼りになるわよ。小暮君だけじゃなくて、あんたのこと憧れてる人多いのよ。女の人も男の人も」
〈私〉は呆然とし、ただただ単純に生きていてよかったと思うのだ。
生きていれば、辛いこともある。そして生き続けるなら、何かしなくちゃならない。この小説に感じたのは、方向性も理由もきっかけも、じつはどうでもいいのかも知れないということだ。何かに打ち込むこと、懸命に生きることが、その人を作っていくのだろう、きっと。
20年以上前に出版された小説だとは思えない、洗練された文章と空気感。他の短編も、胸の奥の深いところで鳴りやまない鐘を響かせてくれる。
どれも短編集です。何度も読み返した、大好きな小説ばかり。
あー。なんかじわっとくるお話ですね。
自分は一人で生きていくと決めて仕事に没頭し、他人にどう思われてもかまわないと思っていたのに、周囲の人たちはちゃんと見てる。
仕事だろうと恋愛だろうと、何かに対してのひたむきさは、人を惹きつけるのかな。
ひたすら自分のために生きて、でも周りの人がきちんと評価してくれる。理想的な生き方かもしれませんね。
私も自分のために生きよう!
元気もらいました(#^_^#)
そらはなさん
そうなんです。じわっとくるんですよね~。
山本文緒は、わたしと同い年の作家で20代のときにOLから作家に転身しています。
他の短編集も、おススメですよ。
ひたむきに。懸命に。ひたすら自分のために。
じつは、なかなかできないことかもしれませんね。
わたしも、自分のために生きよう!
ありがとうございます♩
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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