「これ、美味しいよ。やってみなよ」
夫にすすめられたのは、パンにマーガリンをぬることだ。
ここで、疑問が沸く方もいらっしゃると思う。パンにマーガリン、ぬらないの? と。
昔は、わたしもぬっていた。そうだった。パンにマーガリンをぬらなくなったのには、訳があったのだと、ふと気づいた。
ある小説のワンシーンに、マーガリンを食べない男たちの会話があった。
すでに、何の小説だったか覚えていないが、たぶん村上春樹だろうと当たりをつけ、調べてみた。インターネットは便利だ。
すぐに『羊をめぐる冒険』だと、わかった。
本棚には村上春樹コーナーがあり、そこには『羊をめぐる冒険』が上下巻、行儀よく並んでいた。
そして、上巻に挟まった栞のページを開くと、そこにマーガリンのエピソードのシーンが広がっていたのであった。
「先週君は、つまり我々は、マーガリンの広告のコピーを作った。実際のところ悪くないコピーだった。評判もよかった。でも君はこの何年か食べたことなんてあるのか?」
「ないよ。マーガリンは嫌いなんだ」
「俺もないよ。結局そういうことさ。少なくとも昔の俺たちはきちんと自信の持てる仕事をして、それが誇りでもあったんだ。それが今はない。実態のないことばをただまきちらしてるだけさ」
「マーガリンは健康にいいよ。植物性脂肪だし、コレステロールも少ない。成人病になりにくいし、最近は味だって悪くない。安いし、日持ちがする」
「じゃあ自分で食べろよ」
僕はソファーに沈み込んで、ゆっくりと手足を伸ばした。
「同じだよ。我々がマーガリンを食べても食べなくても、結局は同じことなんだ」
村上春樹節だ。なつかしい。そして続く。
「君は昔はもっとナイーブだったぜ」
「そうかもしれない」と言って僕は灰皿の中で煙草をもみ消した。「きっとどこかにナイーブな町があって、そこではナイーブな肉屋がナイーブなロースハムを切ってるんだ。昼間からウィスキーを飲むのがナイーブだと思うんなら好きなだけ飲めばいいさ」
〈僕〉は相棒がアル中になっていくのを見ていたくなかったし、〈俺〉は相棒が共通の友人でもある女性と離婚したことが悲しかった。
そんな心のすれ違いから生まれた、切ないシーンだった。すっかり忘れていたけれど。
たぶんわたしは、このシーンを読んでから、パンにマーガリンをぬらなくなったのだと思う。
マーガリンを食べない男たちが、かっこよく思えたからだろう。
久しぶりに、マーガリンをぬって食べるパンは、とても美味しかった。20時間発酵させて焼いた天然酵母の胡桃パンの優しい味を、さらに優しく引き立てていた。
久しぶりに焼いた、天然酵母の胡桃パン。
朝食風景。野菜スープ、白菜のコールスローサラダ、茹でブロッコリーは前夜の残り物。しらす&葱オムレツを焼きました。
翌朝もパン食。マーガリンをぬって。
バター風味のなかで、いちばん安価なものを選んでいます。
スープ類は、欠かせない。冷え込んだ朝が続いています。
『羊をめぐる冒険』は文庫上下巻で本棚に収まっていました。上巻には、栞が。
おはようございます。
マーガリンを食べない・・・・・トランス脂肪酸が体に悪いから?と思ってしまいました。
なるほど村上春樹の小説にそんなことが書いてあったのですね。
そしてPCは便利ですね。
実は私はトランス脂肪酸の件でマーガリンは何十年も食べていません。
でもたぶん身体への影響なんて大して変わりないと思うのです。
だって明らかに老化は進んでいるし、がたが来ている。
食べたいものを食べて死んだ方がいいというのが夫です。
村上春樹さんの小説には実によく食べモノが出てきますよね。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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