夫の写真展の会期中、表参道の新潟料理の店『静香庵』で食事をした。
夫は定期的に暖簾をくぐっているようだが、わたしは十年ぶり。今年90歳になった父の傘寿を祝って、両親と夫と4人で食事をしたとき以来だろうか。
そこで、焼き茄子を勧められた。
「あー、この人、茄子大好きなんですよ」
夫が、すかさずわたしを指さす。
「あまり知られていないんですが、新潟は茄子の生産量が日本一なんです。品種の数もものすごく多いんですよ」
店主がそう言って、スマホの写真を見せてくれた。段ボール箱に「やきなす」と茄子色でかかれている。
「”やきなす”っていう品種なんですか?」
「はい。焼き茄子にすると美味しい、焼き茄子用に育てられた茄子なんです」
その焼き茄子が、夢のように美味しかった。絶賛しながら舌鼓を打ち、酒もいい具合に進んだ。満ち足りた気分で会計を済ませると、「これ、どうぞ」と紙袋を手渡された。なかには、大きな生の”やきなす”が、2本入っていた。
山梨に帰って、さっそく”やきなす”を焼いた。
魚焼きグリルには太くて入らず、縦2つに切り並べて焼いた。
熱々のまま皮を剥いて、生姜を添えて出すと、夫が素っ頓狂な声を上げた。
「2本、焼いたの?」
「えっ、なんで?」
「だって、お店で食べたのも1本でじゅうぶんだったじゃない」
「そうだっけ」
たしかにそうだったが、わたしの頭のなかには”やきなす”を焼き、思う存分いただく、ということしかなかった。それで、どうしたかって? もちろん思う存分いただいた。翌朝のよく冷えた焼き茄子にと残ったのは、たった3切れだ。長らく食卓を共にしていても、わたしの茄子好きを夫は甘く見ていたようだ。
なにしろ海外旅行する際にも、「こんにちは」と「ありがとう」と「さようなら」と「お願いします」と「茄子」だけは覚えて行くのだから。
焼き茄子は、嫁に焼かすな、というところか。
それにしても、”やきなす”の焼き茄子、美味しかった!
『静香庵』で食べた焼き茄子です。
お土産にいただいた新潟の「焼き茄子」は、直径26㎝の大皿をはみ出る大きさ。
2本分の”やきなす”の焼き茄子です。
生姜と鰹節とお醤油で。写真見てても、大きさの感覚がずれたような変な感じ。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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