”脳死”というものを、これまで深く考えたことがなかった。”脳死”と推測される状態で何年も心臓が動き続けたケースが実際にあったことも知らなかった。
6歳の瑞穂はプールで溺れ病院に運ばれたが、意識不明のままだった。
突然のことに戸惑いの渦のなかに立たされた別居中の両親、和昌と薫子。あるエピソードから、瑞穂の意思を汲み、臓器提供を考える。
「クローバーを見つけたの。四つ葉のクローバー。あの子が自分で見つけたのよ。ママ、これだけ葉っぱが四枚付いてるって。それで私、わあすごいね、それを見つけたら幸せになれるのよ、持って帰れば、といったの。そうしたらあの子、何ていったと思う?」訊きながら和昌のほうに顔を巡らせてきた。
わからない、と彼は首を振った。
「瑞穂は幸せだから大丈夫。この葉っぱは誰かのために残しとくといって、そのままにしておいたの。会ったこともない誰かが幸せになれるようにって」
胸の奥から何かが込み上げてきた。それは忽ち涙腺まで達し、和昌の視線をぼかした。
「優しい子だったんだな」声が詰まった。
だが幼い弟が「オネエチャン」と呼びかけたときに瑞穂の手が動き、薫子は「瑞穂は生きている」と臓器提供をとりやめた。医者は単に脊髄反射などで手が動くことがあると説明したが、薫子にはどうしてもそうは思えなかった。
和昌は、障害を抱えた人たちのための機器を開発する会社を経営していた。薫子は、和昌の会社で扱う自発呼吸ができる機械を瑞穂にとりつけ、脳からの指令がなくとも身体を動かすことができる機械も導入する。瑞穂は眠ったまま呼吸し、運動し、身体が成長していく。
だが薫子のしていることはやりすぎだと批判もされる。瑞穂の祖父や祖母も疑問を抱きながら、しかし誰にもはっきりとした答えを見つけることはできない。
小学生になった弟は学校で心ない言葉を浴びせられ、瑞穂が溺れたとき一緒にいた従姉は言葉にできない葛藤を抱え、瑞穂担当の教師は困惑を隠せず、そして、臓器移植を待つ子どもたちは見えない未来のなか生きている。
思いあまった薫子は、瑞穂の心臓に包丁を向ける。
「もし私がこの子の胸に包丁を刺し、それで心臓が止まったなら、私が娘を殺したことになるとおっしゃるのですね」
「臓器をとり出す手術をするとき、瑞穂は痛くないのかな」という薫子の言葉に、母親の痛烈な痛みを感じた。
映画『人魚の眠る家』は、主演、篠原涼子。夫役に西島秀俊です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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