不思議な小説だった。
登場人物は、13人+α。名前には、1から順に数字が入っている。
みな第一藤原荘五号室で暮らした者たちである。
たとえば、一平は最初に五号室で暮らした住人だ。大家の息子だから、姓は藤原だが、その後の二瓶からは名にも数字らしき音が使われているケースがほとんどだ。
藤原一平(66~70年)大学生、大家の息子
二瓶敏雄・文子・環太(70~82年)社宅入居を待つ夫婦、ここで息子が生まれる
三輪密人(82~83年)謎の男
四元志郎(83~84年)単身赴任者
五十嵐五郎(84~85年)フリーター、アマチュア無線マニア
六原睦郎・豊子(85~88年)クリーニング屋をたたんだ老夫婦
七瀬奈々(88~91年)失恋したばかりのOL
八屋リエ(91~95年)女子大生、親の仕送りで暮らす
九重久美子(95~99年)女子大生、母子家庭で育ちバイトして大学に行く苦学生
十畑保(99~03年)文具メーカー単身赴任者
霜月未苗・桃子(04~08年)OL/カラオケで出会った居候
アリー・ダヴァーズダ(09~12年)イランから来た留学生、映画を学ぶ
イラン(ペルシャ)語の12は、دوازدہ / davāzdah (ダヴァーズダ)
諸木十三(12~16年)年老いたハイヤー運転手
半世紀のときを超え、テーマごとに彼らが交わっていく。
たとえば、3章「雨と風邪」では、第一藤原荘五号室に大きく響く雨音と、雨の日に風邪をひいたシーンに絡め描かれていた。
十畑保は「目覚めると音に囲まれていた」し、五十嵐五郎は「トタン屋根みたいな雨音を立てるボロい家に、三十過ぎて職業も定まらぬ男が熱を出し布団の中で膝を抱えている」ことに気弱になり、二瓶夫妻の息子・環太は「『雨音はショパンの調べ』がヒットした際、雨音はショパンの調べなんかではないだろう」と憤り、七瀬奈々は「誰かが天ぷらを揚げている」と朦朧とした意識のなかで思い、九重久美子は「ノアの箱舟」を連想した。
ストレートなかかわりを感じるシーンもある。
九重久美子が越してきてすぐに抜けなくて奮闘したガスの元栓にくっついたホースは、八屋リエが同じく抜くことができず恋人がナイフで切ったものだったし、六原豊子が残した(もとクリーニング店の)職人技際立つ雑巾を、七瀬奈々は「六原さんの素敵な雑巾」だと大切に使い、アリー・ダヴァーズダが「戸が紙であることに驚き」空けた障子の穴に、諸木十三は「確かな意思を」感じとり、七瀬奈々はタクシーのなかで聴いたハリー・ニルソンの『One』を「1はもっとも寂しい数字」と訳し、霜月未苗は同じくタクシーで聴き「1は0より寂しい数字」と訳した。
テーマは、間取りについてやキッチン周り、来客、影、タクシー、嘘、テレビなど、身近なものばかり。
霜月未苗が、この部屋を選んだ理由はこうだった。
「なにも起こらない」ことに対する不安が、景色の変化を求めさせた。これからも地味な人生を送るという予感に対し、諦めではなく、ならば豊かな地味さを、という気持ちだ。
だが、こうも思う。
生きていて「なにも起こらない」なんてことは、本当はない。
タクシーで聴いた歌に胸を打たれることもあれば、カラオケで意気投合しただけの女が転がりこんでくることもある。ノアの箱舟の虎を連想する夏もあれば、ブレーカーが上がり突如暗闇が広がる冬の夜もある。
みな特別な人ではない。三輪密人のように犯罪に加担している者もいたが、それでも五号室にいるときの彼は、煙草ばかり吸いテレビを眺めるただの男だったようにも思う。
描かれていたのは、普通の人たちの普通の毎日だとも言える。
それなのになのか、だからこそなのか。
とても素敵な小説だった。
表紙絵は、五号室の室内を描いているのでしょうか。誰かが何かを置いていたんですね。
☆長嶋有『夕子ちゃんの近道』の紹介は、こちら【不思議な空気感】
こんばんは。
とても良いお天気だったのですが、先ほどから雨になりました。
長嶋有さん、小説は読んだことがありませんが、俳人としてとてもユニークで好きです。
だからさえさんが『不思議な小説だった』と書いていらっしゃるのが納得いきます。
彼の作る俳句もまた不思議なのです。
この小説読んでみたいともいました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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