朝、昼、晩それぞれの時間を三人の店主が切り盛りする、通称”三人屋”は、昭和の匂いを残す商店街にある。亡くなった両親が営んでいた喫茶店「ル・ジュール」を、三姉妹が引き継ぎ、時間分担で経営しているのである。
朝は、三女の朝日(23歳)の焼き立てパンのモーニング喫茶。
半分にカットされているのに、手に持った時、ずしりと重い。焼いた表面はかりかりだが、中はしっとりときめ細かく下にからみつく。フランスパンの白い部分のようで、もう少し軽い。官能的なトースト。そんな言葉があれば、だが。
昼は、次女まひる(32歳)の讃岐うどん屋。
うどんは硬いと言っていいほど腰があり、喉越しが冷たい。すだちの酸味が利いている。大根おろしはわずかに辛い。それがまた全体にいい刺激を与えている。麺を噛めば、甘みがある。
夜は、長女夜月(35歳)の土鍋で炊いたご飯と糠漬けが人気のスナック。
飯を一口、口に含む。ほんのり甘い。
噛んでいくと自分の中もどんどん透明になって、すべてがなくなって、気がつくと口の中の米とただ体だけになって、宇宙に放り出されるような。自分自身がニュートラルになるような。そんな味。
この三姉妹、めちゃくちゃ料理が上手い。しかし仲がいいわけではない。親の介護や遺産などで大ゲンカしたのだ。
小説は、三姉妹を取り巻く男性客目線で語られていく。
朝日にひと目惚れした会社員、森野(26歳)は、隣のデスクの40がらみの女に振り回される。
商売敵の娘をずっと思ってきた地鶏の肉屋、三嘴(みつはし)(52歳)は、唐突にプロポーズし、噂の種となる。
三姉妹と駆け落ちしたと噂されるスーパー店主、大輔(36歳)は、キャバクラ務めの恋人とだらだらつきあっている。
まひるの夫、桜井(32歳)は、会社で認めらず、"若い愛人がいる自分"という立ち位置に存在価値を求める。
男たちはみな、狭い世界のなか右往左往している。『三人屋』は、彼らがひと息つく居場所だ。
そんなある日、夜月が店の金を持ち逃げし、失踪する。
彼女には失踪歴が何度もあり、妹たちは半ばあきらめつつもひどく落胆する。だが夜月は、父の遺した”ある秘密”を解く鍵に迫っていた。
パンとうどんとご飯。魅力的で奥が深い炭水化物たちと、それらになぞらえる芯が強い三姉妹。みなが顔見知りの商店街という狭い世界のなか右往左往しているのは彼女たちも同じかもしれない。
もし三人屋に行けるとしたら、個人的には讃岐うどんかなあ。
カラフルでにぎやかな表紙絵。うずらの卵と鶏の卵って、味が違うの? なんて話も出てきます。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。
管理人が承認するまで画面には反映されません。