知らない作家。中身の情報も知らない。
知っているのは、2020年本屋大賞受賞作だということ。帯にあった今年映画が公開されるということ。
これまで手に取らなかったのは、「流浪」というタイトルの言葉から時代物と思い込んでいたからだ。
本屋で小一時間、ただただ本を物色して過ごした。
そうして購入したのが、この小説だった。
第一章のラストに、小説のテーマにつながるセリフがある。
主人公、更紗(さらさ)が9歳の時に誘拐されたと報道される事件の動画を見ていた、行きずりの男子高校生たちの会話だった。
「ロリコンなんて病気だよな。全員死刑にしてやりゃあいいのに」
事件の概要は、報じられているものとはまったく違っている。
片親となった母親が失踪し、親戚の家で暮らす9歳の更紗は、中学生の従兄から深夜に性的嫌がらせを繰り返し受けていた。
更紗は、家出したのだった。彼女を救ったのは、ロリータコンプレックスだと自ら認識する19歳の大学生、文(ふみ)だった。
文は、礼儀正しく、更紗が嫌がることはしなかった。
紅茶は子供の身体に悪いからと、薄めて出され更紗は驚く。
「母親が読んでいた育児書に、そう書いてあったから」
朝食は、ハムエッグ(塩胡椒のみ)とトーストとレタスに胡瓜にトマトのサラダ。夕食は和風の一汁三菜。宅配ピザもラーメンも食べたことがない。
9歳の更紗に、19歳の文は、教わっていく。
文はわたしと暮らしてすっかり堕落してしまった。ハムエッグにケチャップをかけ、夕飯代わりにアイスクリームを食べ、あらゆるデリバリーを楽しみ、ハンバーガーと炭酸飲料の罪なマリアージュに魅了されている。
「文は、楽しいことなんにも知らないね」
「更紗は知っていて当然のことを知らないな」
ふたりはそんな穏やかな日々を、外出したたった一日で失った。
文は逮捕され、更紗は、その後児童養護施設で暮らすようになる。
小説の本題は、第三章。
更紗が独り立ちし、ファミリーレストランでバイトする24歳からスタートする。
――優しい人だったんだよ。
――教科書みたいに、全部がきちんとしてたんだよ。
――細くて、手足が長くて、白いカラーの花みたいな人だった。
心を許した友人にだけ、と思って話しても、誰もが信じようとはいないのだった。
同棲中の彼の束縛。
偶然再会した文との距離。
しつこく事件を追うネットの誹謗中傷。
更紗と文は、世間という波に押し流され、どこへ流れ着くのだろう。
重いテーマだがするりと読み始められたのは、言葉選びのセンスや言葉の置き方が美しかったからだ。
重いことはそれだけで有罪
更紗の母親の口癖は、その後彼女がたびたび思い出すフレーズだ。
母親は、重い荷物は持たない人だった。買い物のときも。そして、夫を亡くした後に恋人ができたときに、更紗を置いて失踪したときにも。
自分を大切に生きることにこだわり続けていく、善良なふたりに心を寄り添わせずにはいられない小説だった。
映画『流浪の月』は今年5月に公開されるそうです。広瀬すずと松坂桃李が演じます。松坂桃李の文、観たいなあ。
凪良ゆうは、BL作品を中心に発表していた作家だそうです。
BLという括りが、解き放たれていく時代を迎えているのかもしれませんね。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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