このページをめくれば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない。
この一文から始まる小説『私の消滅』は、壮絶な復讐の物語である。
〈僕〉は、古びたコテージの一室にいた。机の上にはこの一文から始まる手記が置いてある。
身分を買い、別人「小塚亮大」になる。だから彼の残した手記を読み、彼の人生を知っておかなくてはならない。部屋の奥には白いスーツケース。そこには小塚の死体が入っているはずだ。
手記を読みスーツケースを森に埋めれば、〈僕〉はもう、小塚亮大だ。
だがスーツケースのなかには女の死体が入っていた。そして〈僕〉は唐突に男に連れ去られる。小塚亮大として。
「違いますよ。僕は小塚じゃない。……面倒ですが説明します。僕は身分を」
だが男は、鼻で笑って信じようとしない。〈僕〉は小塚とは別人だということを証明すべく精神科医である自分の過去を語っていく。それは〈ゆかり〉という患者の記憶を改ざんし愛し苦しんだ過去でもあった。
しかし好きになってもらう努力を僕がするとして、そうやって彼女が僕を好きになってくれたとして、催眠とどう違うのだろう? 洗脳とどう違うのだろう? 意識と、無意識の違いだろうか。でも意識に語りかけたとしても、それはいずれにしろ無意識に影響し意識にフィードバックされる。同じことではないだろうか。
印象的だったのは、暗く黒い線の話だ。
誰かに暴力を受ける。その暴力がふたりを結ぶ暗く黒い線だ。その線は、受けた方からまた誰かへと結ばれる。暴力の連鎖が続いていく。最初は、加害者がすぐに忘れてしまうような細い線だとしても、そこから殺人につながるような太い線が放たれていく可能性もある。
記憶の改ざんをしなければ生きていられないほどの過去を持った〈ゆかり〉も、〈僕〉も、その暗く黒い線のなかにいた。
『Bunkamuraドゥマゴ文学賞』受賞作品。すでに英訳されることも決まっているそうです。
ほとんどモノトーンの表紙なのに写真に撮ると赤が際立つ不思議。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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