井上荒野の連作短編集『潤一』は、島清恋愛文学賞を受賞し、2019年にドラマ化されている。
彼は滴り、こぼれ落ちる。女の隙間にそっと忍びこみ、一生消えない記憶をのこしていく男…
ドラマのキャッチコピーだ。
ドラマは6話。6人の女にスポットを当てているが、小説は10話。9人の女と、ラスト1話は潤一の視点で語られる。
映子(30歳)【藤井美菜】出産を控えた専業主婦。
環(28歳)【夏帆】妹の旦那と寝る姉。
あゆ子(62歳)【原田美枝子】亡くなった夫の不倫を疑う未亡人。
美雪(26歳)コロンビアに恋人がいる女。
千尋(29歳)【江口のりこ】優しすぎる夫に息が詰まっていく装丁家。
留依(14歳)【蒔田彩珠】処女を捨てたい女子中学生。
香子(43歳)21歳年上の車椅子で生活する夫と暮らす女。
希(38歳)潤一の12歳年上の姉。
美夏(20歳)【伊藤万理華】毎日男漁りに出かける女。
潤一(26歳)【志尊淳】無職、宿無し、気まぐれに女から女へ渡り歩く不良。
女たちは、胸のなかに空いた穴に、何を抱えていたのだろう。
不安。淋しさ。空虚。怒り。恐怖。衝動。閉塞。嫉妬。痛み。あるいは夢だろうか。
以下、千尋の章から。
わたしがYと寝たのは、綿のせいだった。
あるときから、それはわたしと夫を包みはじめたのだ。柔らかくて、手ごたえがなくて、そのくせ果てしない綿。それは夫のやさしさとか、あるいはわたしたちの愛のようなものだと思えることもあった。やさしさや愛が、二人の間に発生して、ある年数を経ると、こういう感触になるものなのかもしれない、と。
潤一には、すれ違った瞬間、わかるのだ。自分がするりと忍びこめるだけのちょうどいい隙間が、この女には空いていると。
2枚かけられた文庫カバー。ドラマ化バージョンは志尊淳のポートレートです。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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