井上荒野の連作短編集『潤一』は、9人の女と潤一との別れなどというものすら持たない出会いを描いていたが、ドラマは、そのなかの6人の女をクローズアップしていた。
印象的だったのは、2話の夏帆のたたずまいの儚さと、3話、原田美枝子の思いのほかカラッとした演技だった。
原田美枝子演ずる62歳のあゆ子は、眠ったまま逝ってしまった夫の日記の最期の言葉が、ずっと頭から離れなかった。
「昨日、Sの夢をみる。至福」
Sが誰なのか、夫が通っていた病院の看護士の名を調べ、会いに行く。
未開の心境だった。死んだ夫の日記の、こんな一言にさえ心乱されるなんて。そしてあゆ子は、夫が逝った書斎の椅子で潤一に抱かれる夢を見る。そんなあゆ子の明るく乾いた発声が、耳に残った。
ラスト6話で、伊藤万理華演ずる美夏は、一緒に暮らし始めた潤一に訊く。
「ねえ、明日も出かける? どこに?」
潤一は、そうねえ、と考えるように夜の闇を見つめる。
「どこかに行こうとしてるわけじゃ、ないんだよ」
ああ、この気持ち知ってる。わたしにもあったと、何か果てしなく遠くに置いてきた忘れ物を思い出したような切なさを味わった。
そして、ドラマを観てまだ小説を読んでいない方にはおススメしたい。小説ラスト「潤一」視点の章は、必読だ。
潤一(26歳)【志尊淳】無職、宿無し、気まぐれに女から女へ渡り歩く不良。
1話 映子(30歳)【藤井美菜】出産を控えた専業主婦。太極拳教室で出会う。
2話 環(28歳)【夏帆】妹の旦那と寝る姉。バー「耳」で出会う。
3話 あゆ子(62歳)【原田美枝子】亡くなった夫の不倫を疑う未亡人。夫の蔵書を処分したときに出会う。
4話 千尋(29歳)【江口のりこ】優しすぎる夫に息が詰まっていく装丁家。穴で出会う。
5話 留依(14歳)【蒔田彩珠】処女を捨てたい女子中学生。(映画では高校生)川で出会う。
6話 美夏(20歳)【伊藤万理華】毎日男漁りに出かける女。駅で出会う。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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