武田八幡宮では、今年初めて梅を見た。車で通りすぎる梅は風景のなかで確認していたのだが、立ち止まって、じっくりと見た梅は今年初めてだ。
「梅」は、初春の植物の季語。傍題は「白梅」「春告草」「梅が香」「梅日和」など、かき切れないほどあり、「紅梅」はひとつの季語として立っている。
春先に開花し、馥郁たる香気を放つ。中国原産で、日本へは8世紀ごろに渡ってきていたとみられる。『万葉集』には119首もの梅の歌が収められ、花といえば桜より梅であった。(中略)梅といえば白梅のことである。まだ寒さの残る中できっぱり咲く様子をとらえたい。
『俳句歳時記・春』より。
白梅のあと紅梅の深空あり 龍太
なお寒気ののこる大気のなかに、はやくも二、三輪白梅が咲く。悪くない風情ですが、白梅がすっかり咲きさかると、ついであでやかに紅梅が蕾をひらきます。「もう寒さも大丈夫だよ。お前さんも出ておいで」。兄さんが可愛い妹にいっているかのような感じ。ことに麗らかに晴れ渡った日の眺めは格別。
『龍太俳句入門』より。龍太が、自句をわかりやすい言葉で解説している。句を読み、この自解を読むと、優しい気持ちになる。
紅梅は語り白梅聴いてゐる 岩岡中正
白梅と紅梅を詠んだ句は、この句のほかにもあった。語る紅梅、聴く白梅。なるほど。
晴天へ梅のつぼみがかけのぼる 新田祐久
武田八幡宮近くで見た梅は、まだ蕾が多く、まさにこの句の雰囲気だった。こういう一物仕立ての句を詠みたい。
白梅や父に未完の日暮れあり 櫂未知子
どんな分野にも長け優しかった父は、還暦で亡くなった。茫然自失となるなか、父を偲び詠んだ句だという。
梅若菜鞠子の宿のとろろ汁 芭蕉
梅が咲き、若菜が萌えて、鞠子の宿では名物のとろろ汁を食べる。旅にはじつによい時節ですよ、と道中の多幸を祈っている。そういう句だそうだ。鞠子の宿は、東海道の宿場町で、現在の静岡市駿河区丸子。
川上弘美の小説『センセイの鞄』で、センセイとツキコの出会いの辺りに、この句が引用されていた。
四半世紀前に読んだ、大好きな小説の片鱗に出会う愉しさに心ときめいた。
「梅」ひとつで、こんなにも多くの記憶が、思いが、感情が、感性が溢れ出る。目の前にあるものを大切にする暮しというものを教えられた気がした。

「武田八幡宮」の敷地内「為朝神社」近くの梅林で。

遠目に見ると、地味な花ですよね。それでも春の陽がやわらかで、ウキウキします。

丸く開いてゆく花たちが可愛らしい。

空へと伸びていく上枝。春だな~と笑みがこぼれます。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。
管理人が承認するまで画面には反映されません。