2週間ほど過ごしたピントの街を、離れる日がやって来た。
写真家の夫のひとつのテーマに、その町で暮らす人の日常を切りとること、というのがあり、ピントでもそんな写真を撮っていた。
そのなかで、2度飲みに行ったバル「BAR LA BODEGA」で、店主の写真を撮らせてもらった。
わたしの付け焼き刃のスペイン語が彼に受けて、ひと言発するたびに「そうじゃないよ、こうだよ」(その場合は「muy bien」じゃなくて「muy bueno」だよ、とか)と教えてくれる。フレンドリーな、たぶん同年代の気のいい男性だ。
彼は2014年に、店をグランドオープンしたときの写真を持ち出して、これと一緒に撮ってくれと、うれしそうに撮影に応じてくれた。
そんなこともあり、とても素敵な写真が撮れたと夫も喜んでいた。
ここで終わらないのが、夫のすごいところだ。
写真スタジオに行き、その写真をプリントしてもらったのである。
狭い街のこと。
写真スタジオの店主ペドロは、バルのオヤジとアミーゴ(友達)だった。
「お金はいらない。それよりこの写真は、アントニオ(バルのオヤジ)にとって、特別なものになるよ」
「グランドオープンのときの写真ですよね」
「それだけじゃないんだ。アントニオは、このとき岐路に立たされていたんだ」
アントニオは身体をこわし、考えたあげく店を小さくして再スタートを切ったという。
それから9年。彼はとても健康そうに穏やかな笑顔で店のカウンターに立っている。
ピント最後の夜、夫とその写真を持ってアントニオの店を訪ねた。
アントニオは、写真をプレゼントすると、とても喜んだ。
わたしたちは長居をするのも野暮だろうと、ビールを一杯だけ飲み、帰ることにした。
「今夜は、食事はいいや。一杯飲むだけにするよ」
夫がいうと、しかし彼は首を横に振った。
「そういうわけにはいかないよ」
そう言うと、ていねいにパンを切り、チョリソーのサンドウィッチを出してくれた。
最後だし、ほかのバルにも行こうかと話していたのだが、結局「BAR LA BODEGA」で夕飯を済ませることになった。のんびりとした、いい夜だった。
会話は通じないことも多く、彼とのやりとりにはGoogle翻訳が必須だった。それがさて帰ろうかという段になり、Wi-Fiが乱れ翻訳できなくなった。
これも潮時だと、adiosと、心からのgraciasを伝え、店を出ようとすると、アントニオがちょっと待て、と言う。日本語翻訳アプリをダウンロードするから、と。
彼が初めてダウンロードしたスマートフォンのアプリには、日本語でこうかかれていた。
「あなたは、永遠の友達です」
アントニオの「BAR LA BODEGA」。
最初に行った晩に、「これは何?」と訊くと、アントニオは耳を引っ張って豚の鳴き声のものまねをしてくれました。「豚の耳」。
ラストナイトに出してくれた、チョリソーのサンドウィッチ。写真でわからないかもですが、めっちゃ美味しかった。
アントニオと話していたら、カウンターの隣に座っていた常連さんが、アペリティーボ(食前酒)をご馳走してくれました。アントニオお手製の「vermet casero apeto」だと言っていました。ワインをベースにハーブやスパイスを配合して作ったフレーバードワインだそうです。濃い味わいで、身体がほかほかしました。
そのあと、フラフラ歩いてチョコレート菓子屋さんへ。
夫は、ペドロの写真スタジオでpintoがチョコレートの街で、明日チョコレートフェスティバルなのだと、この店を教えてもらったそうです。
まったく知らなかったチョコレート菓子屋さん。
洒落ていて驚いたんですが、もっと驚いたのは店を出たあとでした。
お菓子の家ならぬ、チョコレートの家でした。
翌朝、撮りに行った写真。逆光ですが。
翌日は、pintoのチョコレートフェスティバルでした。
お祭りは、まだ始まっていなかったけど、公園を歩きました。
小さな露天が出ていて、母にオーガニックのハンドクリームを買いました。
さよなら、ピント。adios! またいつか、来ることがあるのかな。
こんにちは。
ピント、いい街でしたね。
バルの店主とのやり取り、素晴らしい!
ご主人のプレゼント、感動したでしょうね。
写真店で聴いたこと、そんなことがあったんですね。
彼にとっても感動的な出来事だったでしょう。
旅人と地元の日との交流、日本ではどんどんそんな旅ができなくなってきていると先日知人から聞いたばかりでした。
チョコレートの街だったのですね。
おいしそう!
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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