8月6日は、広島原爆の日。8月9日は、長崎原爆の日。8月15日は、終戦記念日。毎年、8月は「戦争」と向き合う月になる。
以前、映画を観た『この世界の片隅に』を手に取った。娘の部屋にあった漫画で、読んでいいよと彼女が置いていったものである。
1939年(昭和18年)12月。18歳の浦野すずは、広島から呉へと嫁いだ。
開戦して2年。太平洋戦争真っ只中だが、広島や呉で暮らす人々は、ただただ目の前にある毎日を、できることをして生活していた。
すずはのんびりとした性格で、戦争に対し強く不安を感じるシーンなどは描かれていない。絵を描くのが好きで、軍艦を描き厳重注意されたことも笑い話だ。
次第にものがなくなり、古着を直したり、雑草を刻んで食べたりするが、それも日々の暮らしという続いていく線上にあり、無口な夫も、足の悪い義母も、気の強い義姉も、みんなが受け入れざるを得ず生きていた。
1941年6月。終戦までわずか2ヶ月前。すずは、6歳の姪の晴美といるときに空襲に遭い、右手を失う。手をつないでいた晴美も死んだ。
良かった、熱が下がって。
良かった、あんたが生きとって。良かった。良かった。
そう言われるが、こればかりは受け入れられない。晴美の死も、もう絵を描くことができなくなったことも。
やがて、父や母、妹が暮らす広島に原子爆弾が落とされた。そして、終戦。
焼夷弾で家が焼けた女性が、芋をくれた。
温いうちに食べ。床下へしもうとったいもがええ具合に焼けてのう。
物資配給に並ぶすずは、何の列かも知らない。
何でもええですよ。何でも足らんのですけえ。
終戦後も、調味料がなかなか手に入らない。
泣いてばっかりじゃ勿体ないわい。塩分がね。
翌年1月。広島へ帰ると、道々何度も人間違いされる。
この街はみんなが誰かを亡くして、みんなが誰かを探してる。
どんなことがあっても、毎日は続いていく。食べなくちゃならないし、眠らなくちゃ生きていけない。
そうやって一日一日生きていた人たちをすずの目線を通して、垣間見ることができた。
戦争は、ただ普通に生きている人々を殺してしまう。そんなことは、絶対にしてはならないと、強く思った。

やわらかな色味の表紙が、独特な雰囲気を醸し出しています。モノクロで言うと色あせた写真がセピア色になったような。
こんにちわ
映画もドラマも見ました。
特に映画は、のんの吹き替えが、やさしく素朴で、とても良かったです。
戦時中にも普通の暮らしがあり、新婚さんの二人を取り巻く人々がとても身近に感じられました。
戦後、進駐軍の残飯をもらうために行列に並ぶ人々。
戦争とはどこまでも、人の尊厳までも奪い、むごいものだなあと思いました。
戦争体験者が年々、減るなか、そして世界中で戦争が続く中。
伝えることの大切さを思いますね。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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