古都トレドに引き続き、11年ぶりに「ソフィア王妃芸術センター」に出かけた。パブロ・ピカソの『ゲルニカ』をもう一度観たいと、二人の意見が一致したからだ。
マドリードアトーチャ駅近くなので、アパートから40分。しかも、夫は65歳以上無料枠。行かない手はない。
思いたったが吉日と予約せずに並ぶ覚悟で出かけたのだが、並んでいたのは5人ほど。すんなり入場することができた。
『地球の歩き方スペイン』で、小さな写真を何度も見ていたにもかかわらず、実物を観ると、記憶と違うことに驚いた。
思っていたよりシンプルで、描かれた人物が少ない。数えると、死んだ赤ん坊を抱き泣く女、身体を引き裂かれた兵士、悲しみにくれ、逃げ惑う3人。あとは牛と馬が描かれている。
もっとたくさんの人々が嘆き悲しむ姿が大きなキャンバスいっぱいあふれんがばかりに描かれていたように思っていた。
数多くの人々が無惨に殺された事実が、それだけ強く記憶に残っていたのだろう。
バスク地方の小さな村ゲルニカには、約6000人の人が暮らしていたが、1937年ドイツ軍の爆撃により598人が死亡、およそ1500人の負傷者が出たという。
わたしの暮らす明野町は、人口5000人を切る小さな町だ。ゲルニカは、そう変わらない小さな村だと想像がつく。
久しぶりに『ゲルニカ』の前に立ち、考えた。
無差別に人を殺す戦争の恐ろしさを。それを人間の手で行っていることへの憤りを。怒りを。
そして、今世界で起こっていることに対し、自分が何もしていないという事実を。

「ソフィア王妃芸術センター」外観。

パブロ・ピカソの『ゲルニカ』。右から。

左から。

中央から。

これは、ランチした「サン・フェルナンド市場」のチリ料理のホットドッグ屋さんの天井。

美術館周辺の壁やシャッター、市場内にも、アート壁画が数多く見られました。
スペイン語で「できればあなたも、できれば私も。願わくば、私たちも」とかいてあります。

マヨネーズたっぷりのホットドッグ。

外観も、美術館のようでした。

アトーチャ駅構内。何度か足を運び、ようやくピント方面アランフェス行きは7番線から出るとわかりました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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