『遠い唇』で、20年後が描かれた「ビスケット」を読み、手に取った1冊。
語りは、名探偵の記録係、19歳の姫宮あゆみ。
名探偵 巫(かんなぎ)弓彦
人知を超えた難事件を即解決
身元調査など、一般の探偵業は行いません
勤務する不動産会社のビル2階に掲げられたこの看板に惹かれ、自ら記録係を買って出たのである。
果たして、巫弓彦は、確かに名探偵であった。
食べるために、ビア・ガーデンのボーイとコンビニ店員と新聞配達を掛け持ちしているが。
「三角の水」
タイトルが秀逸だ。まず何だろうと思わせる。
大学院で、新事実をまとめた研究論文がなくなった。濡れ衣を着せられた女子研究員の汚名を晴らす。
名探偵、最初のお仕事。
「蘭と韋駄天」
春蘭のことを、「翁草」というとは知らなかった。確かにそういった雰囲気がある。
学生時代から、何かと張り合ってきた女性ふたり。今ふたりは、翁草に熱中して張り合っている。
「仲は決していいとは言えないのに、かえって、離れることが出来ないの。今も仁科さんは鶯谷の自分の家にいるし、小宮山さんはすぐ近くのマンション住まい。時々あっては、自慢をし合い口惜しがりあっているの」
仁科さんが、旅先で見つけた非常に珍しい変種の翁草が盗まれた。当然小宮山さんを疑うが、彼女には《鉄壁のアリバイ》があった。
お茶の水のニコライ堂が見える場所にいた小宮山さんが、友人の椿さんと離れていた時間は10分ほど。仁科さんの家まで往復できるはずはなかった。
名探偵は、この謎解きを「韋駄天と足疾鬼」に例える。
お釈迦様の涅槃のあと、仏舎利から歯を盗んだのが足疾鬼。足の速い鬼だ。それを追いかけたのが韋駄天。足の速い神様である。
さて、「翁草」の行方は如何に。
「冬のオペラ」
20歳になったあゆみは、休暇で京都を歩く。「翁草」事件で知り合ったフランス文学を教える椿雪子さんと偶然同行することになり、心弾ませて京都の旅を満喫、するはずだったのだが。
ドアのすぐ近くに、下着姿の男性が泳ぐような格好で這っている。
大学の研究室で、殺されたのはフランス文学で名の知れた水木教授だった。
①あったはずのカーテンが消えていた。
②教授の部屋(2階)の窓からザイルが吊されていた。
③ザイルの先、地面には教授の服(ジャケット、セーター、シャツ、ズボン、靴)が散乱していた。
④教授は、死の間際に本棚からとったらしい2冊のフランス詩集を手にしていた。
『若きパルク』ポール・ヴァレリー
『七宝とカメオ』テオフィル・ゴーチェ
名探偵は、あゆみからの電話での話を聞き、犯人を、謎を解いてしまう。
あゆみは、問う。犯人は、鬼になったのかと。名探偵は答える。なったのだと。
「人を殺したからではない。かくありたかった、こんな筈ではなかったという思いに執着し、そこで足摺りをし、悶えたからです。そういう意味では、人は多くの場合、鬼になるのではありませんか」
『遠い唇』の「ビスケット」には犯人が誰だったのか、明かされている。
読むのなら、ぜひ『冬のオペラ』からどうぞ。
2002年に発売された文庫本です。
『遠い唇』のなかで、唯一殺人事件が起こるのが「ビスケット」でした。
今ちょうど、庭に咲いている春蘭「翁草」です。
この土地に自生していたもので、10株以上ありますが、盗まれるような珍しい種ではありません。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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