米澤穂信の連作短編集『Iの悲劇』は、限界集落の最後のひとりがいなくなったところから、「そして誰もいなくなった」から始まる。
平成の大合併で「南はかま市」と名を変え大きな市となったそのなかに、ただのひとりも住民がいない箕石(みのいし)はあった。
万願寺邦和は、その箕石を復活させるべく人を呼び寄せ定住サポートをする「蘇り課」のメンバーだ。正しくは「南はかま市Iターン支援推進プロジェクト」に配属となった市役所の職員である。
50過ぎで恰幅のいい、決まって定時に退社する西野秀嗣課長。のんびりとした学生気分が抜けない新人女子、観山遊香(かんざんゆか)の3人が全メンバー。
「どうして俺なんだろう」
万願寺には、こんな課に左遷される憶えはなかった。
それでも彼は、まじめでいい奴だ。予算もなく住民となった人たちの苦情係とも言えるような仕事を、善意を持ちこなしていく。いつか配置換えになることに、微かな希望の光を見いだしながら。
第一章『軽い雨』では、夫がラジコンを飛ばす久野家夫妻と、毎日大音量で音楽を流しバーベキューをする阿久津一家のあいだでいさかいが起こる。
第三章『重い本』では、歴史研究家で数多くの本を所有する久保寺を「本のおじさん」と慕って遊びに来る隣りに住む立石家の5歳の息子が消えた。
第四章『黒い網』では、祭の夜、クレーマーとも言える自然志向の河崎家の妻が、毒キノコに当たる。
たった12世帯しかいない住民たちには、次々とトラブルが起こるのだった。
予算がない、では済まされないような問題を先送りにしながら、万願寺は歯がゆい思いを顔に出さず、箕石住民たちのため奔走するのだが。
印象的だったのは、この言葉だ。
何かを優先するってことは、何かを後回しにすること
たしかにそうだが、そう割り切ってしまうのは、なんとも切ない。
表紙で里山を飛んでいるのは鷺でしょうか。田んぼでよく見かける鳥です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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