読んだばかりの『平凡』表題作のネタバレバージョン。
売れっ子料理研究家の春花が片田舎で暮らす自分のもとへ訪ねてきてくれて浮かれていた紀美子だったが、どうやら春花には、ほかに目的があるらしい。
捨てられた男が忘れられず、毎日毎日不幸になれと呪っていたら、紀美子の町で同姓同名同年代の男が火事で亡くなったことを知り、いてもたってもいられはくなったという。
「そこまでじゃない」
死んでほしかったわけじゃないと憤る春花に、紀美子は訊く。
「そしたら、ハルちゃん、どこまで望んでたの、どこまでの不幸ならよかったの」
春花は、数秒目を宙に泳がせて考える。そして、
「平凡」と答えた。
「え」
「ど平凡」
それはまさに、紀美子が日々感じていたことだった。こういうぬるま湯に浸かったような毎日を不幸というものかも知れないと。
紀美子は高校時代、春花と同じ相手に恋をして、その初恋の彼と結婚していた。
あのとき春花は、と考えずにはいられない。
わたしと彼が不幸になればいいと、呪っただろうか。
そしてその末が、今のわたしたちなのだろうかと。あのときもし夫が春花を選んでいたら、自分はもっと違う何かを手にしていたかも知れないと。
一方、春花は自分の言葉に気づく。平凡でいることの幸せを。
人は求めてやまない、平凡のさきにあるものを。
今の幸せに目を向けず、もっと向こうへ、そのさきへと行こうとあがく。
幸せの青い鳥は、〈平凡〉という籠のなかに隠れているかも知れないのに。
山本文緒の『ブルーもしくはブルー』は、別れ道に立った自分が選ばなかった道を歩んでいる自分と出会ってしまう物語。実在するドッペルゲンガーを描いた小説です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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