原田マハの恋愛小説『カフーを待ちわびて』(宝島社文庫)を、読んだ。
カフー ―――【果報】与那喜島の方言。いい報せ。幸せ。
舞台は、沖縄の小さな離島。島の巫女(ユタ)であるおばあの隣りでよろず屋を営む一人暮らしの明青(あきお)のもとに手紙が届く。
「あの絵馬に書いてあったあなたの言葉が本当ならば、私をあなたのお嫁さんにしてくださいますか」
差出人の名は「幸」とだけある。確かに絵馬に「嫁に来ないか」とはかいたけど、ただふざけただけだった。明青は戸惑いながらも、いつしか顔も知らない幸を待つようになる。そして幸はやってきた。「今日からお世話になります」と。
何故自分のところへ? と訊くこともできず、明青は幸と暮らすようになる。何も訊けぬまま、美しくほがらかな幸に魅かれていく。以下本文から。
おばあが湯気の上がる鍋を食卓に運ぶ。
幸がひとつひとつの皿を覗き込んで歓声を上げる。
おばあと幸の賑やかな論争が始まる。
散歩の時に誰と会ったとか、仕入れた野菜が傷んでいたとか、明日の天気とか。今日あった出来事、それも取るに足らないことをお互いに言い散らかす。
それを家族と呼ぶのなら、自分たちはまさしく家族なのだと、明青は思う。今日、別れ際に幸が言ったことの意味を、明青は思い描く。
私たち、ひとりじゃない。
それはおばあや明青に向かって言ったというよりも、幸が自分自身に向かって言っているように聞こえた。
ひとりだったんだろうか。
明青は、もうとっくに気づいていた。
いつも明るく輝く幸の背後には、どこかしら拭いきれない影がつきまとっている。その影について、決して詮索してはいけない。
最初に幸と出会った日から、明青は自分にそう言い聞かせてきた。
真実を知ったとたん、幸は必ず目の前から消えていなくなる。それを知りえないからこそ、いまだに幸はどこへも行かずにここに留まっているのだ。誰と交わしたわけでもないのに、明青は一途にその約束を守った。
幸がそばにいてくれる。それでじゅうぶんじゃないか。
明青が、幸にしてあげられることは何だろうかと考え込むシーンが好きだった。そばにいること。自分にできることはそれだけだと、考えに考えて辿り着く。そして自らもまた思う。幸がそばにいてくれるだけでいいと。
愛する人がそばにいても、生活という海を泳いでいると、それだけでいいとはいつしか思えなくなっていく。けれど、たまにはそういう気持ちを思い出すのもいい。素直にそうに思えるような、温かなラブストーリーだった。
第1回『日本ラブストーリー大賞』受賞作品です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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