真梨幸子の小説を、初めて読んだ。
『人生相談。』(講談社文庫)ミステリーである。章それぞれの冒頭に新聞社の「よろず相談室」コーナーに寄せられた相談ごとが置かれている。この投書から、事件は始まっていく。
『居候している女性が出て行ってくれません』投書文から。
四年前のことです。祖母がどこかから女性を連れてきました。四十歳前後の女性です。なにか事情があって、住むところと仕事を探しているとのことでした。話を聞くととても可哀そうな身の上、しかもひどく困っている様子でしたので、母と祖母は女性に部屋をしばらく貸すことを決めました。ところが、女性は仕事も新居も探す気配はなく、気が付けば、我が家に居ついてしまいました。六畳の部屋を女性が使い、私たち家族は四畳半で暮らしています。しかも、女性は自分の子供二人も連れ込み、2DKに七人が住むハメに。
『職場のお客が苦手で仕方ありません』
出版社の副部長は、キャバクラのナンバー2に入れあげていた。
『隣の人がうるさくて、ノイローゼになりそうです』
音に敏感な隣人のいやがらせに、女性は息をひそめて暮らす。
『セクハラに時効はありますか?』
この投稿を巡り、社内メールが飛び交い、昇進が決まっていた課長は。
『大金を拾いました。どうしたらいいでしょうか』
ガセネタだと思ったら、企業の横領事件が絡んでいて。
『西城秀樹が好きでたまりません』
この投書を笑いながらも、現実と妄想の境がわからなくなってしまう女たち。
『口座からお金を勝手に引き出されました』
自分のヘソクリを、夫が勝手に持ち出したことを知った妻は。
『占いは当たりますか』
すべてが見えてしまう占い師登場。
『助けてください』
新聞社の「よろず相談室」担当の女性は、現場を訪ねる。
この小説のすごいところは、投書それぞれが短編ではなく、すべてがつながっているところだ。過去の投書が引き起こした事件。それを巡る人々。それを小説にしようとする作家。編集者。新聞社の担当。キャバクラ、エステ、クッキー工場で働く女性たち。占い師。過去に現在に張り巡らされた鎖が、彼らをがんじがらめにしていくおもしろさに圧倒された。
人とかかわることで抱えるトラブルに押しつぶされ、正常と異常の境界線を超えてしまう人々。誰にもその可能性があるかのように思えて怖かった。
帯には「あなた、相談する相手、間違えていませんか?」とあるが、相談ごとを持ちかける心理って、じつは共通するところがあるんじゃないかな。
批判されたくない。受け入れてほしい。わかってほしい。認めてほしい。
みなこうしろと、正論を突き付けてほしいわけじゃないのだ。
章タイトルにない相談ごとが、ひとつあった。
私は、息子を殺そうとした。この日から、私は恐ろしくて仕方がないのです。私は、いつか、息子を殺してしまうのではないかと。もちろん、息子のことは可愛いです。愛おしいです。でも、時折、そんな母性を凌駕するような衝動に駆られることがあります。考えるより早く、手が出てしまうのです。私は、どうしたらいいでしょうか。私は、いい母親になる自信がありません。
この母親は、どんな回答を、求めていたのだろう。
タイトルに「。」がついているのは、完結などの意味があるのでしょうか。『君の名は。』は、昔流行った『君の名は』と区別するためだとか。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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