瀬尾まいこの長編小説『傑作は、まだ』。
主人公は、50歳の小説家、加賀野正吉(まさきち)。
十月のある日、生まれてから一度も会ったことのない25歳の息子が、突然訪ねてきた。
「実の父親に言うのはおかしいけど、やっぱりはじめましてで、いいんだよね? ま、名前と顔は知ってるだろうけど、永原智(とも)です。はじめまして」
突然やって来た青年に玄関でそう頭を下げられ、俺はただ、「ああ、まあ」としか声が出なかった。
25歳のとき、好きでもなんでもない女、美月と一夜を共にしてできた息子。月10万円の養育費を加賀野が振り込み、受領の印に、美月が智の写真を送ってくる。加賀野は、決して息子に会わない。それがふたりの取り決めだった。智が20歳になり、もう養育費は必要ないと連絡を受けてからは、そのやりとりもなくなっていた。
智は今近くのローソンでバイト中だから、しばらく住まわせてくれという。加賀野は、戸惑うばかりだ。加賀野を「おっさん」と呼ぶ智。あっけらかんとしているところは母親譲りかと眉をしかめた。
家は広く食事も別だが、リビングでは顔を合わせる。加賀野は、初めてからあげクンを食べた。智は、加賀野が敬遠していた自治会に勝手に入り、祭りの手伝いに借り出される。近所の老人たちとのつきあいが始まった。
加賀野は決して引きこもりのつもりはなく、編集者との打ち合わせで出かけることもある。だが、あまりに世の中を知らずに生きてきたことを知り始める。そういえば両親とも、もう20年以上連絡をとっていない。小説家になるのを反対され、そのままだ。
加賀野は、自分が悪いことをしたとは微塵も思っていなかった。
自分は、美月を騙したわけでもなく合意の上でのことで、女遊びをしたわけではない。単なる過ちだ。約束通り20年間養育費を支払ってきた。だが、ローソンの店長に言われてしまう。
「わかったわかった。親父さんは女好きではないんだな。けど、親父さんのどうしようもないところは、その想像力のなさだ。こりゃ、女にだらしないほうがよっぽどましだぜ」
やがて、ひと月半が過ぎ、智はローソンの移転にあわせ、自宅へ戻るという。
加賀野の気持ちは、ひと月半まえには戻れなくなっていた。
ひとりでいれば、波風は立たない。面倒なことも起こらない。けれど誰かとかかわりを持つと、感情が動く。些細なことで、喜怒哀楽が生まれる。一緒に食べれば、ご飯はおいしい。人はひとりでいたいし、ふたりでいたいし、三人で四人で五人でいたいのだ。
智はなぜ突然、加賀野のもとを訪れたのか。それは、読んでのお楽しみ。

ブックオフのポイントでゲットした文庫です。この本にと栞を探したら、去年の「根津美術館」の入場券が出てきました。今年のとは色違い。双羊尊です。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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