製薬業界研究者の姉、依千佳(いちか)と、アクセサリー作家の妹、仁胡瑠(にこる)の物語。
それぞれ仕事で目指す高みを踏んだ姉妹は、いつしか道を踏み外していたことに気づくことになる。
舞台は、日本に海底資源が豊富な火山島が出現し、バブルが起こったという想定の現代だ。
物語は、依千佳が仁胡瑠を誘い、サーカスに行くところから始まる。
姉は子供の頃家族で出かけたサーカスの夜に”幸せ”という言葉を思う。けれど妹は、白い虎が逃げたという現実にはなかった出来事しか覚えていなかった。
依千佳は、考える。
妹には昔からこういうところがあった。自分の興味のあること以外、周囲にまったく関心を払わないのだ。
仁胡瑠もまた、考える。
姉の依千佳は、善良すぎるほど善良な人間だ。善良な人間の悪い癖で、すぐに「みんなのために」とか、「私も頑張らなくちゃ」とか変な気負いを見せる。
まったく性格の違うふたりだが、姉妹はそれぞれを大切に思っている。
やがて依千佳は、製薬会社から大学講師に就任し、会社の大きなプロジェクトに関わっていく。
一方、仁胡瑠はWebのセレクトショップで人気を博し、天才ジュエリーデザイナーとして活躍する。
しかし姉妹が登り詰めた先には、闇へと続く落とし穴が待っていた。
火山島から広まった新型ウィルスに感染したカメラマン、黒川愛の姿も印象的に描かれている。症状が出ているのに飛行機に乗ったとバッシングされ、暴力を受け入院中の彼女は、友人である依千佳に訴える。
「無症状の人間が感染を広げるって情報は、社会をパニックに陥れるかもしれないって、国の偉い人から箝口令が敷かれた。でも情報は漏れたし、漏れるにつれて、どんどん不正確になっていった。いつのまにか、黒川が飛行機の中で咳をしていた、島の診療所を取材していたんだからあいつが持ちこんだに違いないって話が広がった。その方が、わかりやすいから」
思わぬ形で世のなかからはじき出された彼女たちは、それでも生きていかなくてはならない。
依千佳は病室で眠る愛の手を握り、思うのだった。人生は続いていくのだと。
キャリア、自尊心、将来の保証、そんな必死に握りしめていたすべてをなくして、それでもまだ、よく晴れた初夏の日に友達の手を握る時間が、あったのか。
夜がふけた草原には、もうサーカスの余韻しか残っていない。
子供の頃に家族で見たサーカスの夜が、ベースになっています。帯にはこうありました。
私たちは、どこで間違えたのだろう―?
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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