CATEGORY

BACKNUMBER

OTHER

はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『遠い山なみの光』

新装版で文庫本が刊行された『遠い山なみの光』は、カズオ・イシグロのデビュー作だそうだ。

 

主人公は、イギリスの片田舎にひとり暮らす悦子。

彼女のもとに、次女のニキがやって来た。長女(ニキにとっては姉)景子を亡くした母親を気づかってのことだった。

ニキが訪ねてきたことで、悦子は、ある過去の、数週間の夏の日々を思い出す。それは、故郷である長崎の郊外で過ごした、まだニキの父親(イギリス人)とも出会っていなかった頃のことだ。

戦後の復興が始まった時代。悦子は二郎と結婚したばかりで、景子をお腹に宿していた。アパート暮らしで、その部屋から見える焼け残った一軒家に、佐和子と万理子の母娘が越してきたのだった。

東京言葉をしゃべる美しく気の強い女性、佐和子は、周囲と馴染もうとはしなかった。だが、悦子とだけは交流するようになる。心打ち解けるというよりは、学校も行かせていない万理子を心配し話しかけてくる悦子と接するうち、一目置くようになったという感じではあったが。

その母娘と3人で出かけた稲佐で見た風景を、悦子は思い出していた。

ケーブルカーで登った場所から見渡した山なみ。家々。港。海。

「まるで何事もなかったみたいね。どこもかしこも生き生きと活気があって。でも下に見えるあの辺はみんな」――とわたしは下の景色のほうを手で指した――「あの辺はみんな原爆でめちゃめちゃになったのよ。それが今はどう」

佐和子はうなずいて、笑顔を向けた。

美しい故郷での風景。その思い出す風景のなかで、悦子の感情の波は、緩やかに満ち引きの高度を増していく。

 

解説の三宅香帆は、かいている。

イシグロが小説でずっと描き続けてきたのは、「人は後悔を秘密にして生きる」という主題である。

悦子は、後悔を語らない。二郎と別れて恋人とイギリスに渡ったこと。そして景子を失ったこと。自分が選択した道を肯定することも、否定することもなく、今を生きていく。

映画『遠い山なみの光』は、今年9月5日公開予定。長崎の回想シーンの悦子を、広瀬すず。現代のイギリスで暮らす悦子を、吉田羊が演じています。原作とはまた違った風景が見られそうです。

COMMENT

管理人が承認するまで画面には反映されません。

CAPTCHA


PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

ご意見などのメール

CATEGORY

カテゴリ

BACKNUMBER

バックナンバー

CALENDAR

カレンダー
2026年3月
« 2月    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

COPYRIGHT © 2016 HARINEZUMIGA NEMURUTOKI. ALL RIGHTS RESERVED.© 2016 HARINEZUMIGA NEMURUTOKI.