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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『柩の中の猫』

小池真理子のサスペンス小説『柩の中の猫』(集英社文庫)を、読んだ。

1955年、画家を目指していた二十歳の雅代は、美大で油絵を教える悟朗の家で住み込みで働くことになった。父娘ふたりで暮らすその家で、8歳の桃子の家庭教師兼家政婦として雇われたのだ。悟朗は陽気な性格で、その時代には珍しくアメリカンスタイルの生活を好んでいた。雅代が彼に恋心を抱くのに時間はかからなかった。そして彼と相反するかのように桃子は口数の少ない少女だった。桃子が心を許した相手は真っ白い猫、ララだけ。そのララを、桃子は亡くした母と混同しママと呼ぶのだった。以下本文から。

 

私が桃子に近づきたいと思えば思うほど、桃子は嘲笑うかのように、私を遠ざけた。なのに、自分は桃子によって、どこかしら受け入れられている、という実感は日毎に高まった。それは、まったく奇妙な実感だった。淡く薄い和紙をはがすように、彼女は私との間の距離を少しずつ少しずつ、縮めていった。

それはたとえば、こういうことだ。時折、彼女は台所で洗い物などをしている私の横につと寄り添うようにして立ち、黙って洗い桶の中の泡を眺めていることがあった。私が何も話しかけずにいると、彼女はずっと同じ姿勢でそうしている。私が微笑むと、彼女も微笑み返す。それは大人をぞくりとさせるほど魅力的な少女の笑みだった。私は桃子に微笑んでもらえた、ということだけで一瞬、幸福な気持ちになる。そして、そのことを彼女に伝えたいと思って、何か話しかける。すると、彼女の顔から笑みが一斉に消えていき、氷のような無関心が、その際立って整った顔全体に拡がっていく。私は慌てて、口を閉ざす。するとまた、安心したように彼女は流し台にふっくらとした両手を置き、私がすることをぼんやりと眺め始めるのだった。

 

子どもというものが持つ一面を的確に表している、とても印象に残ったシーンだ。やがて雅代は桃子と心が通じ合うようになり美しい夏を過ごす。だが彼女たちに待っていたのは何もかもを真っ白く凍らせていくような真冬の悲劇だった。

心の綾というものの深さを、そして闇をそこここに感じ、ハッとさせられる小説だった。読み終えたとき、誰もが実質の重量を伴わずに持つ心というものに、測り知れない重みを感じていた。

cimg3278「柩」という文字と、じっとこちらをうかがい見ている白猫がうっすらと浮かび上がる、サスペンス色の濃い表紙です。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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