今、毎日のように車で通る道に、何本もの桐の木にいくつもの桐の花が咲いている。
薄紫のベルのような形をした、わりと大きな花だ。
「桐の花」は、夏の植物の季語。傍題に「花桐」などがある。
電車いままつしぐらなり桐の花 星野立子
桐の花は、木の高い場所に咲く。電車から眺めているのだろうか。まっしぐらに何かに向かっている自分を思っているのだろうか。
自転車に乗ればひとりや桐の花 森賀まり
こちらも乗り物の句。自転車から、その先の道に咲く桐の葉を眺めているのだろう。ひとりを感じながら。
乗り物以外の句の方が多かったのだが、琴線に触れた句を選んだらこうなった。
今、藤も咲いている。同じような薄紫の、しかし長く伸びる房になって咲く花だ。
「藤」は、春の植物の季語。「藤の花」「白藤」「山藤」「藤棚」「藤の昼」など傍題も多い。
なぜ同じ時期に咲いている花が、夏と春と違う季語になっているかは疑問だが、もしかすると藤はもう少し早く咲く地域が多いのかもしれない。
草臥(くたび)れて宿かる比(ころ)や藤の花 芭蕉
ああ、歩きつかれた。そろそろ宿をとるころ合いだ。おや、藤の花が咲いているではないか。
こころにもゆふべのありぬ藤の花 森澄雄
人の心のなかにも、朝や夕べがある。今心にあるのは夕べなのだ。藤の花を見上げて、そんなことを思っているということだろうか。
藤は、風に触れる姿の美しさから、万葉の時代から歌に詠まれているそうだ。
そして桐の木は、古くから家具に使われてきた木材。
花の風情だけじゃなく、そんな違いも、句に現れているのかもしれない。

桐の花、写真には撮れないくらい高いところに咲いているのですが、ここは目の高さで見ることができました。

堰のあとなのか、2mほど地面が下がった場所に木が伸びていました。

ずっと何の花かわからなかったのですが、ブログのお友達hanamomoさんが写真をアップしていて知ることができました。

この日は薄曇りだったのに、富士山が見えていました。

こちらは、晴れたきのう。逆光ですが、藤の花も今あちらこちらに咲いています。

この辺りでは、山に自生している藤がほとんどです。

この藤は、田んぼの隅に植えられていました。

きのうの雲は、ことのほか速く流れていました。
おはようございます。
桐の花がもう咲きましたね。
そうそう、車に乗っているとあ!桐だ!きれいだな~と思うのですが、高い木なのでなかなか撮れませんよね。
こうして写真を撮れるのは珍しくラッキーですね。
母の生家の裏山(私のあそび場でした)には桐の木がたくさんあって、祖母の婚礼箪笥はその木で作ったそうです。
色が変わってきてもカンナをかけると真っ白な木肌がよみがえり、きれいでした。
軽くて湿気を寄せ付けないいい木だから箪笥に最適なんですよね。
富士山の美しい事。
嫌なことも忘れてしまいそうなお姿です。
私も昨日母の薬をもらいに行く途中で見事な藤をみました。
近付くと甘いいい香りがしました。
肝心の俳句の事を書き忘れました。
どの句もすばらしい。
自転車に乗ればひとりや桐の花 森賀まり
この句が一番好きです。
『ひとり』ひとりの時間だからこそ生まれる本物の感情でしょうか。
私も今日自転車に乗りたくなりました。
リンクしてくださってありがとうございました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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