神戸の施設で暮らしていた義母が、亡くなった。
93歳だった。
向日葵の花が好きな、太陽のように明るくて、よく笑う女性だった。
華道茶道の師を長く務め、読書が好きで、ドイツリートを歌い、海外旅行を楽しみ、短歌を詠むことをこよなく愛し、何冊かの歌集を編んでいた。
義母は、明野にも何回か遊びに来た。
孫たちと一緒に向日葵畑を歩いたり、にぎやかに食卓を囲んだり、夜、蛍を見に出かけたり、思い出も多い。そのときのことを歌った短歌を、載せたいと思う。
刺身あり三枚おろしはバター焼き小六の子は鉄板運ぶ
ともに食事したメニューなど忘れていたが、歌集を読み返せば、釧路から取り寄せた生鮭一本を夫がおろし、ルイベやいくらの醤油漬けなどを作り、身はホットプレートでちゃんちゃん焼きにしたらしい。
また、神戸の都会で生まれ育った義母には、田舎の暮しは新鮮に映ったようだ。
山雨(さんう)かと思へば山よりの風うけてざわわざわわと赤松揺るる
歌を読み、思い出した。赤松の林を抜ける風の音に、つい振り向いていまうほど、毎日毎日驚いていたことを。今はもう、その赤松も数本しか残っていない。
その頃に、義母も同じように体感したのだと思うと、うれしくなった。
亡くなるまえの5日間、夫とともに義母と一緒に過ごす時間を持てたことに感謝している。

一昨年の明野の向日葵畑。一緒に歩いたのは何年まえになるでしょうか。

太陽の方を向いて咲く向日葵。

今、義母は、向日葵畑を歩いているかもしれません。
お義母さま、旅立たれたのですね。
数日前にご一緒に過ごされて、大切な時間でしたね。
誰しもいつかは・・とは思いながら、見送った後は、いい思い出を振り返るばかりですね。
神戸から、山梨へ。お義母さまにとって、よき旅だったのでしょうね。
今月初めて、PCを開けまして、今日訃報を知った次第です。
さえさんも、お疲れが出ないようにしてくださいね。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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