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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『品川猿』

横浜の街なかで猿が目撃されたとのニュースを見た。

「この辺じゃ、猿が何匹いてもニュースにはならないね」

朝、夫とそう言って笑ったが、都会では笑い話ではないのだろう。

ちなみに、この冬も町内ではツキノワグマが目撃されている。狐とタヌキ、テンらしき動物、鹿は、わたしも目撃した。

で、思い出したのは、村上春樹の短編集『東京奇譚集』(新潮社)に収められた『品川猿』だ。猿が部屋に忍び込んでくる話だったとは覚えているのだが、ストーリーが思い出せず無性に読みたくなった。

 

主人公は、26歳の女性、安藤みずき。彼女は1年ほどまえから、自分の名前を思い出せなくなるという症状が少しずつ進行し、悩んでいた。

「安藤みずき」という名前がいったん逃げ出してしまうと、彼女は誰でもない「名前のない一人の女」として世の中に取り残されることになった。財布があるうちはいい。それを出して免許証を見れば、自分の名前はわかる。しかし財布をなくしてしまったら、もう自分がどこの誰だか見当もつかないということになってしまうかもしれない。

みずきは、夫にも相談できず、病院でも対応してもらえず、品川区役所の「心の悩み相談室」の扉を開けた。面倒見のいい近所のおばさんのようなカウンセラー坂木哲子は、名前喪失の悩みだけではなく、生い立ちからこれまで歩んできた道を絡んだ糸をほどくように、聴いてくれた。そこで思い出す。高校のとき、みずきに名札を預けたまま自殺した下級生、松中優子のことを。

「いないあいだに猿にとられたりしないように」と松中優子言った。

坂木哲子は、特異な能力を持つカウンセラーだった。彼女は、みずきの名前を盗んだ猿を捕獲する。みずきは名前を盗まれて、思い出せなくなっていたのだ。

しかし猿は、名前を盗まれることには利点もあるという。

「あなたは名前を盗むことによって、善きものと同時に、そこにある悪いものも引き受けるっていうことなのね?」

「はい。そうです」と猿は言った。

「選り好みはできません。そこに悪しきものごとが含まれていれば、わたしたち猿はそれも引き受けます」

みずきは自分の名に含まれている悪しきものは何なのか、猿に訊く。

名前に付随するものは、それまでのみずきの人生を語っていた。彼女が心の裏側に隠して、目を背けてきたことだった。

 

不可思議な話ばかりを集めたこの短編集は、2005年に発売されてすぐに読んだはずだから、12年もまえのこと。それが都会の猿というキーワードで真っ先に思い出したのだから、なかでもインパクトが強かったということなのだろう。

 

名前というキーワードからは、昔話の『大工と鬼六』を思い出す。

名前を当てたら許してやるが、当たらなかったら目玉をとるぞと鬼が言う。そのとき妻が歌う子守唄が聞こえてきた。~はよねた子には鬼六が目ん玉持ってやってくる~♩「鬼六!」と大工が叫ぶと、鬼はしゅるしゅると消えてしまった。

 

名前というものが持つパワーの奥深さに、思いを馳せる。そして、それに付随する善きものと悪しきものに。横浜猿、名前、盗っていくのかな?

CIMG5070不思議な、あやしい、ありそうにない5つの話が収められています。

『偶然の旅人』『ハナレイ・ベイ』『どこであれそれが見つかりそうな場所で』『日々移動する肝臓のかたちをした石』と『品川猿』です。

COMMENT

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  1. papermoon より:

    さえさん、おはようございます♪

    私には猿よりもツキノワグマが目撃されていてしかもそれがさえさんの町内というのがすごいと思いました。
    クマってまだ冬眠していなのですか??
    それとももっと寒くなってから??
    都会では動物園でしか見ることができない動物たちを日常生活で見ることができるのですね!
    野生の鹿、私も見てみたいです。

    そういえば映画の《千と千尋の神隠し》でも名前の持つパワーの奥深さが描かれていたのを思い出しました。

    • さえ より:

      papermoonさん
      おはようございます♩
      うちの町内は、小学生が熊鈴つけてリンリン鳴らしながら登下校するんですよ。
      熊目撃は、防災無線の放送でわかります。
      そろそろ冬眠だと思うんですが、11月末に無線を聞きました。
      鹿、可愛いですよ~って車から見たから怖くはなかったんですが。
      バンビも見ました♡
      『千と千尋の神隠し』!!そうでしたね~名前が持つパワーって、本当にあるんだと思います。

  2. 悠里 より:

    随分前に、読んだ記憶があって探したけど、見つかりませんでした。それに、内容も覚えていない、悲しい現実です。自分の名前を、あまり好きでないけど、考えさせられますね。
    さえさん、本名ですよね。ペンネームみたいで素敵で羨ましい限りです。
    それにしても、連日報道されている猿は、どこに行くのでしょう。少し心配です。

    • さえ より:

      悠里さん
      わたしも内容は忘れていました。
      でも、猿が部屋に入ってくる!っていうのだけインパクト強くて覚えていました。
      こうしてきっかけがあって読み直せるのもまたご縁かもしれませんね~
      わたしの名前、ペンネームです。
      本名じゃないんです。ペンネームで名乗るようになって、運気あがったような気がします♩

PROFILE

プロフィール
水月 さえ

随筆屋。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

夫が営む広告会社で経理を担当。

2012年から随筆をかき始める。

 

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。

 

『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

随筆かきます。

 

依頼はメールフォームからお願いします。

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