原田マハの短編集『あなたは、誰かの大切な人』(講談社文庫)を、読んだ。
裏表紙の紹介文には「歳を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない人の存在に気が付いた時の温かい気持ちを描く珠玉の六編」とある。主人公はみな、アラフォーorアラフィフの独り者。かけがえのない人は、親だったり、友人だったり、それぞれだった。
1話『最後の伝言』
母の告別式に、喪主のくせに父は遅れてやってきた。ろくでなしの色男。その父に、母は最後の伝言を残していた。
2話『月夜のアボカド』
マナミは、ロサンジェルスに行くたびにエスターを訪ねる。とびっきり美味しいメキシコ料理をご馳走してくれる肝っ玉母さんだ。そして日本に帰るとエスターのレシピでメキシカンに挑戦してくれる彼がいる。結婚まではなかなかたどりつけないのだが。
3話『無用の人』
勤務先の美術館に、荷物が届いた。ひと月前に亡くなった父からだった。
4話『緑陰のマナ』
イスタンブールに滞在している〈私〉。亡くなったばかりの母の梅干しを、トルコ出身の友人はこれは〈マナ〉、あなたを守ってくれた食べ物だと言う。
5話『波打ち際のふたり』
ナガラは、ハグの旅友。国内女ふたり旅。ただただのんびりするための旅だ。ナガラとプチ旅をしつつも、ハグは認知症の母親のことが頭から離れない。
露天風呂は広々とした石造りの浴槽で、浴槽の縁と海景とが重なって見える絶妙な設計である。お湯につかると、水平線が目の高さに見える。空と海の境界線に向かって、いましも夕日が落ちていくところだった。
「わあ、ちょうど日没やね。きれいやねえ」
「ほんまやねえ。ええお天気でよかった」
私たちの周辺でお湯につかっている人たちが、口々に感嘆の声を漏らしている。三世代の家族らしき人たち、仲良しふたり組、三人のおばさんたち。誰もがゆったりとして、潮風に顔を撫でられ、水平線に吸い込まれていく瞬間の夕日、その最後の輝きをみつめていた。
あたりまえだけれど、いま、ここにいるのは女性ばかり。それぞれに、どんな人生を送ってきたのだろう。たやすいことばかりではなかったはずだ。ひょっとすると、つらいことのほうが多かった、という人もいるかもしれない。
それでもなんでも旅に出て、いま、ここにこうして一緒にいる。同じ場所で同じ風を受けながら、同じ時間を過ごしている。
「偶然なんだけど、なんだか奇跡みたいなことやなあ」
6話『皿の上の孤独』
緑内障で失明が近い友人が見たいと言っていた建築。メキシコのルイス・バラガン邸を、サキコは観に行く。そこで目にしたのは、皿の上の孤独だった。
読み終えて、タイトルを噛みしめる。
『あなたは、誰かの大切な人』
どんな人にでもきっと大切な人がいて、そしてまた、その人を大切に思っている人がきっといるんだよね。
やわらかな暖色系の表紙。疲れた心に必ず効く、読む特効薬かあ。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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