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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『おまえじゃなきゃだめなんだ』

角田光代の短編集『おまえじゃなきゃだめなんだ』(文春文庫)を、読んだ。

サブタイトル「ほんものが、欲しい」に13編、「好き、の先にあるもの」に10編収められている恋愛小説集だ。

 

いちばん好きだったのはラストに収められた『消えない光』だった。

結婚式も新婚旅行も、指輪もいらない。それを親に反対された若いカップル。結婚式も新婚旅行も、結婚指輪すら交わさなかった別れる寸前の夫婦。どちらも形にこだわらず、心のなかにあるはずの「消えない光」を追い求めていたのだが。以下、本文から。

 

自分のごつごつした手と、芳恵のちいさな白い手が並ぶ。同じ位置に銀色の指輪がある。目を凝らすと、潔いほど光る銀色の細い面に、並ぶ自分たちの姿がちいさく映っていた。同じように頭上を見上げて並ぶ自分たちの姿を、指輪のなかに見た武史は、どういうわけだか、子どものように泣き出したい気分になった。

奇跡みたいなことだった。好きなんて気持ちを確認するまでもなく、自分にぴったりと寄り添った気持ちで好きだった。運命はあるのだと、こんなに身近なところにあるのだと、かつて武史は思っていた。相手が同じくらい自分を必要としてくれていること、好きだなどと言葉にしなくてもいつも近くにいてくれること、生活を心地よくまわしていけること、ともに囲む朝食の卓が楽しみであること、何時に帰るかメールをもらっただけで安心すること、そんなささいなことが、すなわち武史にとって運命だった。指輪も買わない、式も挙げない、そう意気込んで決めたときは、この人と離れることがあるなんて想像もしなかった。

 

形式にこだわりたくない。気持ちの方が大切。だけど。

歳を重ねて、どちらもわかるなあと思うようにもなった。

ところでわたしは、もう20年以上前から結婚指輪をはめていない。結婚指輪を切った経験があるのだ。指輪は作りなおして持っているが、仕舞い込んだまま。たぶんそのときに、形にこだわるのこだわらないのというそんなこだわりが、すっと抜けたのだと思う。

心のなかの光は、きっと温かな熱を伴っている。消えない光はないのかも知れないけれど、温めて続けていくことはできるんじゃないかな。

cimg3391『約束のジュエリー』にまとめられた最初の5話は、初出がティファニー。

ジュエリーショップのシーンに絡めて、描かれていました。

角田光代の小説のなかでも特別に明るい「白角」と言えるかも。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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