江國香織の『ホテルカクタス』(集英社文庫)からは、以前、連作短編集であるなかの1編だけ紹介した。『眠れない夜』だ。
ホテルカクタスは、だが古びた石造りのアパートの名で、そこでそれぞれ暮らす3人の物語。裏表紙の紹介文を引用すれば「生きることの本質をみつめた物語」である。
【帽子】3階の一角で暮らす
無職。ウイスキーと煙草を好む。口癖は「あとは野となれ山となれ、だ」博打好き。飼っている亀にすべて女性の名前をつけている。2に言わせれば外見は「逃亡中の犯罪者」きゅうりに言わせれば「くたびれた、ただのおじさん」
【きゅうり】2階の一角で暮らす
ガソリンスタンドスタッフ。ビールを好む。サングラスと金の鎖をつけている。常に健康であることを心がけ筋トレを欠かさない。読み書きが苦手。大家族のなかで育ち、家族をこよなく愛す。2に言わせれば外見は「しゃれのめした不良」
【数字の2】1階の一角で暮らす
役場勤め。グレープフルーツジュースを好む。割り切れないことに我慢できない。理解できないものはすべて「文学的」だと思うことにしている。数字の14の父と7の母を持つ。きゅうりに言わせると外見は「嫌みな役場づとめ野郎」
3人はあるきっかけから、きゅうりの部屋に集まり、酒を(2はいつもグレープフルーツジュースだったが)酌み交わす仲となる。
ともに競馬に行ったり、同じ女性に恋をしたり、秘密は隠さず打ち明け(帽子と2には打ち明けていない秘密があったが)、誕生日を祝い、旅行と称しきゅうりの里帰りに同行したり、バーでどんちゃん騒ぎしたりする。
3人の関係をとてもよく表していたのは『音楽』という話だ。
きゅうりの部屋にはトレーニング用のヘヴィ・メタルと環境音楽しかなく、帽子が気に入りのジャズのレコードを持参する。
その女性のヴォーカルはあまりにも甘く哀しく、ときどき囁くように歌いましたから、きゅうりと2は、どうしていいかわからなくなってしまいしました。
「これは気恥ずかしい」
きゅうりが断じました。2も、
「遺憾ながら」
と、同意しました。そして、奇妙なことに、帽子もその場にいたたまれないほど、気恥ずかしさを感じていました。いつも一人でしみじみ聞いている気に入りの曲を、2ときゅうりのいる場所で聴くなんて、まるで裸になっているみたいだ、と、帽子は思いました。
2が持ってきたクラッシックも同様だった。
2は亡くなったお姉さんが好きだった曲をよくひとりで聴いていたのだが、彼らと一緒に聴いていると、悲しみだけが浮き立ち聴いていられなくなってしまう。
「音楽は、個人的なものだな」
帽子がいい、きゅうりはしゅんとした2のために枝豆を茹でる。3人はパッとしないラジオをつけ、ほっとしたのだった。
人と人とは違っていて、あたりまえ。帽子ときゅうりと数字の2くらい違っていたって、心を通い合わせることはできるのだ。
ぼく、タコヨンです。足が4本のタコだからって、安直なネーミングだなあ。
挿し絵が美しい本なんですよ。ぼくじつは、ブックホルダーなんです。
こんなふうに見開きで入っているページも。って、ぼくの顔切れてる!
影と光が美しく描かれたものが多いです。って、ぼく切れてる! もう!
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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