読んだばかりの小説に、こんな一節があった。
「あんな高い場所にあるライトにも蛾が集まってくるのだろうか、と運ばれてきた水をすすりながら考えた。レモンの味のする水だった。わたしはレモンの味がする水が大嫌いだ」
おお、いいなと思った。
なんにせよ、大嫌いと言い切れるものがある人を、わたしは尊敬する。
いくつもの嫌いはあっても大嫌いと言い切れる自信はない。甘いカレーだって、つまらない本だって、パステルカラーの車だって、大嫌いというほどじゃない。
自信をもって言い切れるその姿勢、あっぱれである。
若竹七海の連作短編ミステリー『依頼人は死んだ』(文春文庫)の女探偵、葉村晶(はむらあきら)は、そんな揺らぐことのない自分を持った人物だ。
長谷川探偵調査所の契約探偵である晶は、29歳。依頼された事件を担当するごく普通の探偵だとも言えるが「確かめて、調べて、白黒つけなきゃ気が済まない病気」と同僚に揶揄されるほど、粘り強い調査を行う。仕事として決着した事件でさえ、納得するまで調べ続けるのは、ごく普通とは言えないだろう。
以下、表題作本文から。
「マリファナ程度じゃないとは思うけど、わかんないわ。もっとも彼女、わざわざ薬なんか使わなくたって十分すぎるほどいっちゃってるじゃない」
「同感」
珈琲が運ばれてきた頃には、共通の友人を吊るしあげたおかげですっかり打ち解けていた。友情を深めるためにはリンチが一番だ。佐藤まどかはバッグから一通の封書を取り出した。新国市役所保健衛生課の名入りの薄い緑色の封筒で、宛て名はワープロ文字をラベル印刷したもの、佐藤まどか本人宛だった。
「昨日の夜、帰ったら郵便受けに入ってたの。読んでみて」
初対面だった友人(カエデ)の友人まどかは、受けた覚えもないのに市役所から卵巣ガンだとの検査結果が届いたと晶に相談し、その3日後に死んだ。卵巣ガンだということを儚んでの自殺。そんなわけはない。依頼人は死に、相談料も受け取っていない。しかし晶は、真相をつきとめずにはいられないのだった。
こういう人を、もう一人知っている。東野圭吾の小説に登場する、加賀恭一郎だ。「彼は解く、事件の裏側を」という帯のフレーズが印象的だった。違うのは、加賀が刑事で、感情の起伏が少ない淡々とした人物であるというところだ。そこが加賀の魅力なのだが、片や晶は、常に怒りをぶつけている。そしてそこが彼女の魅力なのだ。一冊読んで、もうすっかり葉村晶に魅了された。
久しぶりに思った。ああ、読みたい本があって、読んでいる途中わくわくして、次にシリーズの2冊目が待っているのって、なんという至福なのだろうと。
目利き編集者Nさん。ありがとう! 9つの短編が収められています。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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