恋のライバルは草でした。(マジ)
帯にある通り、洋食屋「円服亭」の見習い藤丸陽太が恋をした女性は、近所のT大で植物を研究する女性。
結婚にも生殖にも興味がない私は、もしかして生命体として不完全なの?
そう悩みながらも、シロイヌナズナの研究に日々心躍る気持ちを抑えられない本村紗英。
ふたりは一途な恋をしていると言っていい。方向は違うけど。
藤丸は、本村が所属する研究室にランチのデリバリーをするうち、年頃も近い本村たちが研究する植物に興味を持ち、喜々としてシロイヌナズナの生態について語る本村に恋してしまう。そして、当たって粉々に砕け散る。
「植物には、脳も神経もありません。つまり、思考も感情もない。人間が言うところの、『愛』という概念がないのです。それでも旺盛に繁殖し、多様な形態を持ち、環境に適応して、地球のあちこちで生きている。不思議だと思いませんか?」
だからこそ、愛のない植物にすべてを捧げると本村は言い切った。
だが、それからも藤丸はランチをデリバリーしながら、研究員たちと交流を深めていく。常に黒いスーツで身を固めた殺し屋のような教授。サボテンを育てるのに夢中の本村の後輩。イモ命の老教授には、芋掘りに院生たちはおろか藤丸まで借り出される。
藤丸と本村は、まったく違うけれどどこか似ている。
料理一筋の藤丸の一途さは、シロイヌナズナに対峙する本村と変わらない。それだから藤丸の場合、恋にも一途なわけなんだけれど。
植物は約6週間、気温の変動を覚えていると本村に聞き、藤丸が円服亭のムクゲの花に心を漏らすシーンが好きだった。
なんかよくわかんないけど、複雑な仕組みでおまえは気温を記憶する。生きていくために、忘れちゃいけない大切なことだからだ。
俺も同じだ。覚えようと思ったわけでもないし、忘れられれば楽かもしれないとも思ったのに、俺の脳は記憶している。いろんな料理を作る手順を。本村さんを好きになって、心臓がどんなふうに鼓動したかを。脳の仕組みなんて俺は知らないけど、記憶は勝手に刻み込まれた。たぶん、大切なことだからだ。
「愛なき世界」で生きる植物たち。それでも、生きていくために忘れてはいけない大切なことはあるのだ。
本村の研究も、円服亭のデリバリーも、藤丸の片思いも続いていく。
とてもきれいな表紙です。紐栞は草色グリーン。
ぺんぺん草の仲間であるシロイヌナズナのほか、表紙に光るブルーで特殊印刷された銀杏の葉も、小説に登場します。
帯の折り返し部分にも美しい蝶。「あ、可愛い」とは思わずに「あ、受粉のお手伝いしてくれてる」と思ってしまうのが、この本を読み終えた人の特徴です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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