タイトルは「結婚」だが、結婚詐欺師と彼に翻弄される10人の女たちを描いた連作短編集である。
東京のカルチャースクールで、ダンスクラブで、宝石商として訪ねた家で、イベント会場で、佐世保のワイン会で、仙台のバーで、山形の旅館で、古海健児(うるみけんじ)は女たちと出会う。古海の30代後半からの10年ほどを描いているが、視点はほとんどが女性側に置かれていた。
以前読んだときには、こう記していた。
恋人がいたって、結婚していたって、愛する人がいたって、じゅうぶんに愛されていたって、人は、心に淋しさというスペースを持ち続けている。恋をすれば、その淋しさを埋められると思ってしまいがちだが、そのスペースが満たされることはない。それを知っていてもなお、淋しさを何かで埋めようとするのが、人、というものなのだ。
だが今回は、また別の感想を持った。
人は誰もが、「自分は特別な存在である」と思いたいのだと。
古海は、女に言う。
あなたは自分のことをふつうだふつうだと言うけれど、間違っているよ。奇をてらったり、ユニークなふりをすることなんて誰にでもできる。あなたは自然なんだ。悠々としているといえばいいのかな。だからきれいだ。そんなふうにいられる女性を自分が見つけだしたなんて信じられないよ。
結婚とは、ひとりだけでも「あなたは特別だ」と言ってくれる人に出会うことなのではないか。「自分は特別な存在である」と思いたいがために、結婚にこだわり、女たちは騙されていくのではないか。
そしてこの小説のおもしろいさは、どの女も胸焦がすほどに切なく古海に恋しているところにある。騙されたと知っても、何度その現実を突きつけられても、忘れることができない。その想いは、心を切り裂かれたかのような痛みとともに後々までやわらかな甘さを伴い続けているのだ。
うっかり、こんな恋がしてみたいと思ってしまうほどに。
ずっとまえに読んだ小説なので、帯はありませんでした。解説は、西加奈子。
可愛い、と古海は思った。女をだますときにはいつでもそこからはじまるのだった。
この文章を読んだ瞬間、古海が「結婚詐欺師」の枠からはみ出したそうです。可愛いと思っていたのか、古海は、と。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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