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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『赤へ』

井上荒野は、短編集がいい。

『つやのよる』も衝撃的でおもしろかったが、荒野の長編を読むには体力がいる。重いのだ。

 

『虫の息』『時計』『逃げる』『ドア』『ボトルシップ』『赤へ』『どこかの庭で』『十三人目の行方不明者』『母のこと』『雨』の10編が収められている。

どれも死をテーマにしているが、特別仲が良かったわけじゃないもと同級生の死(ボトルシップ)や、死と背中合わせの老人たちと若者の話(虫の息)などもあり、「死」の捉え方はそれぞれに違っていた。

 

とりわけ胸をえぐられたのは、表題作『赤へ』だ。

ミチは、建築家の亡き夫が建てた住み慣れた家を後にし、サ高住へ移り住むことにした。その家では、娘、深雪も亡くしていた。風呂場で手首を切ったのだ。

同居していた娘婿である庸太郎とは最後まで馴染めなかったが、その日、ミチは彼に送ってもらうことにした。

悲しみというのは質(たち)が悪い。思わぬところに潜んでいて、油断しているところをやられる。絆創膏を誰かに貼ってもらうのがミチは好きだった。包丁がすべったとか、バラの棘を刺したとかで、指に小さな傷を作ると、家族を探す。夫にも深雪にも、その甘えは容認されていた。案外痛いんだよね、こういう傷は。はい、指出して。これでOK。ほんの数分間の、どうということもないやりとり。傷口を覆って、指にぴったりと巻きついた絆創膏。そういうことが好きだった。

赤く広がっていた深雪の鮮血は、ミチのなかにも庸太郎のなかにも傷としていつまでも残り、ことあるごとにぱっくりと割れ血を流し始めるのだった。

 

死とは反対に、若者の生を描いた一文も好きだった。

『虫の息』より

未香里は手を止めて空を振り仰ぐ。こんな秋晴れの日に、金木犀の香りがする外気の中にいると、自分がひとりきりであることが強く感じられる。そのことに気がついたのは十五のときだった。ある月曜の朝に、昨日と似たような日が今日も続くのだと思ったら、へたりと座り込みたくなるほどつまらなくなった。家族とか友だちとか家とか通学路とか学校とか、休みの日に友だちとうろつく町とかが、ふいに立体感を失って、ぺらりとした一枚の包装紙の模様みたいになった。そうして、自分はひとりきりだとわかったのだ。

人は生きて、そして死ぬ。

「死」と「生」に、様々な方向から光を当て描かれた小説集である。

鮮血が広がるかのような表紙デザインです。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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