中島京子の直木賞受賞作品。
大正7年(1918年)生まれのタキが、米寿を迎えた平成の世。
昭和5年、12歳から東京の中流家庭で女中として住み込みで働いたタキは、第二次世界大戦が終わる昭和20年までの日々を手記に残そうとしていた。
「女中」という言葉は、今では差別的に捉えられる言葉だが、昭和初期にはごく普通に使われていたらしい。
タイトル『小さいおうち』は、2度目に仕えた時子奥様が夫を亡くし、息子の恭一を連れて2度目に嫁いだ平井家のこと。昭和の初めにしては珍しくバンガロー風の赤い瓦屋根の洋館を建て、年上の夫は、若く美しい妻を手に入れたのだった。
タキはここで、2畳間の部屋を与えられ(タキにとっては大好きな部屋であり城だった)11年、3人家族の家事を担うこととなる。
タキは、優秀な女中だった。
掃除も裁縫も何から何まで得意だったが、料理の腕はピカイチで、のちに『タキおばあちゃんのスーパー家事ブック』を出版している。
お晩酌用になにか用意しているわけではないので、あるもので工夫して、小さく切って焼いた油揚げに山葵漬けを詰めてお醤油をひと垂らししたり、缶詰のコーンビーフをサイコロに切って、お葱といっしょにちょっとあぶったりして、お膳にお持ちするとちょうどよい頃合いに、お燗がついているのだった。
ちょっと作ってみたいと思うような簡単で魅力的な料理が、いくつも載っていた。
さて。手記は淡々と進んでいくのだが、平井氏がどうやら夜の営みを必要としないこと。時子奥様が年下の男性と恋をしていることなどが、さざ波を立てていく。タキは、良い女中であるためにどう行動したらよいものかと悩むのだった。
秘密はときによると、人のつながりを強めるけれども、場合によっては疎遠にもする。奥様の秘めた思いを存じ上げているという事実は、わたしと奥様の関係には、ひどく重たいものになってしまった。
タキの死後、甥の健史は手記をもとに謎を探る。
そうだ、小さいブリキの、進駐軍のジープの話をしよう。
手記は、そこで終わっていたのだ。
どんな家にも、小さいおうちにも大家族が暮らす家にも、そこには人の数だけ真実がある。
平井家にも、平井氏が知っている真実と、時子奥様だけの真実と、恭一ぼっちゃんなりの真実と、そしてタキの真実があった。
そのどれもが「正確な事実」とは、言えないかもしれない。
同じ言葉も、受取る人間によって、違う意味となる。ひとつの行動も、ひとりひとりにとって違う意味となる。
家庭というものは、たぶんそういうものなのだと、読み終えて胸に落ちた。
エッセイ教室の先生から、お借りしました。
バージニア・リー・バートンのベストセラー絵本『ちいさいおうち』が、モチーフとなっています。
こんにちわ
小さいおうち、映画を観ました。
不穏な空気の世の中で、つつましく暮らす人々の悲哀が心に残っていますね。
可愛い装丁なんですね。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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