健康診断は、毎年新宿で受けている。
駅からは15分くらい歩くが、1本早いあずさに乗ったので1時間以上前に着きそうだ。紀伊國屋書店に寄って本を探そう。
そんなことを考えながら、東口改札を出た。
すると、白杖を突きながら歩いている男性に目が留まった。
「あ、何かできるかも」
そう思ったのは、手話サークルに通っていて感じるものが大きかったからかも知れない。上原大祐さんとの出会いがあったからかも知れない。そして、お世話になった井上こみち先生が送ってくださった著書、ある盲導犬の一生の物語『ぼく、アーサー』を読んだばかりだったからかも知れない。
時間にも余裕があった。だが、新宿の地下通路は、何度も迷っている苦手な場所だ。もし、間違えた道を誘導してしまったら、かえって迷惑になってしまう。
それでも。
「こんにちは。何かお手伝いできること、ありますか?」
彼の前方から、ゆっくりした口調を心がけつつ、声をかけた。
「あ、だいじょうぶです」
彼は歩調を緩め、笑顔で答えた。やっぱり、だいじょうぶだよなあ。だいじょうぶそうだったもん。そう思いつつも、もう一声かけてみる。
「どちらまで、行かれますか? ご一緒しましょうか?」
「ええっと」
ふたり歩きながら会話していたのだが、階段にさしかかる。
「階段です」
「あ、ありがとうございます」
そして階段を下りながら、彼は、じゃあ、と言った。
「丸ノ内線の自動改札まで、一緒に行ってもらえますか」
「はい。腕、とりましょうか?」
「じゃあ、左肩を貸してください」
そんなふうにして一緒に歩き始め、一度、右に曲がった。わたしはよく、左右を間違える。間違えることのないようにと緊張しながら「右に曲がります」と伝えた。丸ノ内線の自動改札までは、ものの2分ほどだった。
「着きました」
そのとき、彼が言った。
「あ、もう着いたんですか?」
「はい。丸ノ内線の自動改札機の前です」
「ありがとうございました」
「お気をつけて」
たったそれだけのことだった。わたしの誘導などなくとも、彼は何ごともなく丸ノ内線に乗れただろう。
だけど、「あ、もう着いたんですか?」という言葉を聞き『ぼく、アーサー』のワンシーンを思い出していた。
目の不自由なノリオさんが、初めて早足で歩くシーンだ。
「風が、顔やかたをなでていく。
こんなこと、ないとおもっていたのに」
丸ノ内線に乗って行った彼も、一歩一歩確かめながらゆっくりと歩いていたのだ。彼の言葉にそう実感した。
ちょっとだけ、勇気を出して声をかけてみてよかった。ほんのちょっとのことなんだけど、白杖を突き歩く人のことを、ひとつ「知る」ことができた。
丸ノ内線新宿駅自動改札です。
新宿駅周辺の地下通路は、よく迷います。
『ぼく、アーサー』。盲導犬の一生をアーサーの語りで描かれた絵本です。
こんばんは。
ちょっとだけ勇気を出して、彼のお役に立てましたね。
本当に良かったと思います。
私もそんな場面にであったら、さえさんのこと思い出してやってみたいと思います。
秋田の駅前でも時々盲導犬を見かけることがあります。
みんな賢そうな顔をしています。
健康診断も無事終りましたね。
ほっとしますよね。
hanamomoさん
おはようございます♩
ほんの少しだけですが、お役に立てたのならうれしいですよね。
これからも、そういう場面で、臆さずに声をかけられるようになりたいと思います。
山梨では、車で動くことが多いせいか、盲導犬を見かけたことはありませんが、きっと盲導犬たちも活躍しているんだと思います。
健康診断、終わるとホッとしますね。再検査などもなく、よかったです。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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